ウロボロスの回廊 第7章(1)
ハルさんのインストールが始まる。
[インストール中…]
9番のパネルにはそう表示されている。まずはハルさんのインストールを待たなければ。待っている時間が長く感じる。
部屋の中はかすかな機械音がするだけだ。銀色のカプセルに特段の変化はない。どちらがハルさんなのかも分からない。
僕は部屋の片隅に座って、時折、パネルに目をやって表示を確かめる。
ふと、自分の両手の手のひらを見た。確かにここにあると感じる。だけど、向こう側が透けているような、そんな淡い感じにも見える。
僕はプログラムなのか。僕は10のパネルに目をやった。この暗い画面の向こうに自分がいるとは信じ難い。だが、そこに僕は今もいるのだ。
僕はじっと自分のパネルを見た。あの公園で、目を閉じて座っている自分を見るように。
ここは仮想現実と現実を重ね合わせたような世界のようだ。いったい何が仮想なのか分からなくなる。
あの公園は…。僕はそこでずっと生きていると思っていた。あれも仮想現実だったとは。まるで現実そのものだった。
そこで、僕は最後に残された人間として生きていた。そのプログラムとデータを失われない安全なところ、マシンの最深部である、あの公園に閉じ込められて。
そして、そこを自分から出ようとしないように、僕が心地よく過ごせる環境にした。
あの、日なたぼっこ。あれは人間のプログラムを改変させる何かだったのかもしれない。僕はあの公園の日なたぼっこで、新しい人間へと変容していった。ゴーストを化石にしてしまうほどに。
僕はだんだんとその現実を受け入れ始めた。
カチカチッとクリック音が二回鳴った。ハッとして、ハルさんのパネルを見た。パネルの表示が変わっている。
[インストール中断…]
[予期せぬ障害により、インストールを中断しています…]
えっ…。ハルさん…、これ、どうすれば…。パネルの周りには他に操作できるようなボタンなどもない。いったい何が起こっているんだ。
そのまま表示が変わらないパネルを見ながら、僕は呆然としていた。パッと、パネルの表示が変わった。
[障害を解決することができませんでした…]
[インストールを中止します…]
[プログラムを保護するため、起動を停止します…]
パネルにそう表示され、そして、プッという小さな音とともに画面が暗くなった。電源が落ちたみたいだ。インストール、失敗したのか。ハルさん…。
僕は黒くなったパネルを見つめた。何か、何か起こってくれ、僕はそう願った。だけど、いつまで待っても、そのパネルに電源が入ることはなかった。
(続く…)第7章(2)
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