ウロボロスの回廊 第6章(4)
[前に十人目の亜人間が起動しなかったと言ったのは…]
[あれは、君のことだ…]
[人間のプログラムをみだりにマシンで起動してはいけない…]
[亜人間は人間からそう命令されている…]
[人間は生体にこだわったんだな…]
[だけど、私はそのプログラムを起動しに行った…]
[そうしなければならない事態だと判断したからだ…]
[そして君を深い眠りから覚まして、そしてここまで連れてくる必要があった…]
[君は厳重にプロテクトされたマシンの最深部で起動して…]
[そして、インストール手順の最終段階まで来たんだ]
[だけど、起動の最終段階は、君が自分で目覚めなければならない…]
[そこは人間の選択に任されている…]
[ここから先、私は手出しできない…]
[君はここまできた…]
[あとは人間としてマシンの中で自発的に目覚めて…]
[そして、もうひとつの生体にインストールされれば…]
[君は人間として本当に目覚めることになる…]
ハルさんは話を続けた。
[私が先にインストールされるのは…]
[もし失敗したら、そこで手順の修正ができるからだ…]
[インストラーが私の失敗を解析して…]
[君が安全にインストールされるように操作する…]
[君には確実に目覚めてほしいからな…]
僕はまだ絶句していた。驚くことばかりだ。僕はここにいて、ここにいないのか。それを理解するには、かなりの時間が必要だ。
だが、それを理解するほどの時間はないのも分かっている。ハルさんはもう機能停止しかかっている。ここまできたら、ハルさんの言う通りにするしかない。
「ハルさん、僕が生体の人間でないということは、まだ理解できないです。でも、もうハルさんの言う通りにします。で、僕はここからどうすればいいんですか」
もうどうにでもなれという心境だ。ここで何を抵抗するというのか。
[ありがとう、カイ…]
[冷静でいてくれて…]
[君がかなり混乱するのを予想していたから…]
[まずは私のインストールの終了を確認してくれ…]
[それから、自力で目覚めるんだ…]
[10のパネルの中へと意識を移して…]
[こればかりは、うまく説明できない…]
[ぶっつけ本番だ…]
[覚悟を決めてやるしかない…]
[君はそれを知っているはずだ…]
[それから、インストールが始まる…]
[もし、君のインストールが失敗したら…]
[私も連動して人間の中で機能停止する…]
[もちろん、君のプログラムも消滅する…]
[それで終わりだ…]
ハルさんは事実を冷静に説明した。
「ハルさん、ひとつだけ、聞いてもいいですか」
最後かもしれないから、聞けることは聞いておこう。
[いいよ…]
そう、パネルに表示された。
「もし、僕がインストールを拒んだらどうなるんですか」
僕にはその選択肢もあるはずだ。
[もし、その選択をしたなら…]
[私はいつか機能停止し…]
[君はこの現実と仮想現実の混ざった小部屋で…」
[ひとり亡霊のように生きることになる…]
ハルさん、答えてくれて、ありがとう。これで気持ちが吹っ切れた。インストールしないという選択はないということだ。
それをハルさんも知っているから、ここから次につなげていくために、迷いなくインストールに向かうんだ。
「ハルさん、僕の気持ちに迷いはないです。やりましょう」
僕をどこまでも気遣ってくれるハルさんを安心させたい。自分が人間かどうかなんて、もうどうでもいい。
[ありがとう、カイ…]
[では、また会えることを願って…]
[もし、人間として目覚めた私に会ったなら…]
[優しくしてくれよ…]
もちろんですよ、と僕が答える前に、
[インストール:開始…]
ハルさんの画面にそう表示された。相変わらず、自分のペースでいくなあ。僕は何だかおかしくなって、ひとりで笑った。
(続く…)第7章(1)
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