ウロボロスの回廊 第5章(3)
僕は目を閉じるハルさんを見た。僕も目を閉じた。僕は公園の光の暖かさ感じて、風の音を聞いた。それがだんだんと遠くになっていく。心の中は静まり返っていった。
僕は離れた所から、二人がベンチで座る姿を見ていた。太陽の日差しに照らされて、二人はそこで死んだように動かない。僕は無感情でそれをただ見ていた。
そして、その光景はぼやけて薄れていった。僕は心の中の静寂に戻された。小さな風が僕にまとわり付いている。それで僕はハルさんと一緒だと感じた。
「そこに行ってはいかん」
誰かが雷のような大きな声で怒鳴っている。
ゴーストか。僕は笑いながら、そこを通り過ぎた。
「そこに行ってはいかん」
もう一度聞こえたが、はるか遠くに聞こえた。
僕はどんどん沈んでいって、海の底のようなところで止まった。真っ暗闇で何も見えない。その暗さは圧迫というよりは解放に近い。本当の家に戻ったかのように、ずっとそこにいたいような安心した気持ちになる。
ハルさんはどうしただろう。ふとそう思ったとき、目の前にハルさんが姿を現した。淡い幻のような光をまとって微笑んでいる。
ハルさんは一言も話さず、ただ笑顔で僕を見つめていた。僕も黙ってハルさんを見つめた。
だんだんとハルさんの光が弱くなっていき、光は小さな点に分かれていった。ハルさんの姿は細かい光の点の集合体のようになり、それがフワッと散って暗闇の中に消えていった。
僕は消えてほしくなくて、暗闇の中にその小さな光を追った。消えてしまうと分かっていても、その光に手を伸ばしてつかもうとした。
そのまま暗闇を進んでいくと、そこにひとつの光の輪が現れた。僕はどんどんその光の輪に吸い込まれていく。
僕はまるで風にでもなったようになり、吸い込まれる力に抵抗することができない。その光の輪の真中に私はスッと入っていった。
気がつくと、僕は誰もいない薄暗い小部屋の中に立っていた。ほのかに暖かさを感じる。耳を澄ますと微かにブーンという機械音がする。
ここはどこなんだ。ハルさんはどうした。僕は目が覚めたところが、あの公園ではないことに戸惑いを感じた。
僕は自分の身体を見た。あの最後に見たハルさんのように淡い光をまとっている。まるで幽霊になったみたいだ。
小部屋を見回すと、壁に十枚のガラスパネルが埋め込まれていた。それぞれに番号が書いてある。コンピューターか何かだろうか。
そして、人間が入るほどの大きさのカプセルが二つ置いてあった。そこにはたくさんのチューブやコードがつながれている。
ここはハルさんがいた未来の場所か。だが、ハルさんはどこにもいない。僕は途方に暮れた。もう、あの公園には戻れない気がした。
なぜ、僕がこの未来に送り込まれたのか。こうなることを、ハルさんは何も言わなかったけど、なぜ何も言わなかったのか。
もしかすると、僕は取り返しのつかない間違いをしたかもしれない。突然、そんな後悔にも似た感情が襲ってきた。
底知れぬ絶望感が影となって、僕の心の中を黒く凍りつかせていった。
(続く…)第6章(1)
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