ウロボロスの回廊 第5章(2)
ああ、ハルさん。おかえりなさい。これは幻なのか。僕は心の中でそう呟いた。
まるで当たり前のように、ベンチの隣に笑顔で座っているハルさんを見て、だんだんと実感が湧いてきた。
「無事…だったんですね」
僕はやっとそう言うことができた。
「ああ、心配だったか」
ハルさんは、あははと笑った。
「笑い事じゃないんですけど…。でも、無事で良かったです」
僕がそう言うと、ハルさんは、心配かけて悪かったな、と申し訳なさそうに笑って、
僕の肩を軽く叩いた。
そして、すぐに真顔になった。
「カイ、実はこうして君に会うのはこれが最後になる」
「えっ、そうなんですか」
やっと会えたと思ったら、もう会えない話かと、僕は気落ちした。
「そうだ。これから一発勝負で新しい人間を起動する。もう、亜人間は私だけになってしまった。私が最後のひとりなんだ。この場所にいる私を守ってくれる仲間もいない」
「実は、既に向こうの世界で、人間を起動するプログラムをアクティブにしてきた。既に新しい人間が誕生する手順が始まっている。私がここにいるのもその手順のひとつだ。こうして君と話しているのもそうなんだ」
僕は話が見えてこなかった。ただ、ハルさんの話に耳を傾けた。
「それには君の助けも必要になる。新しい人間がちゃんと起動するかどうか。それから、誕生しても絶滅しないようにコードを書き換えられるかどうか。そのためにはひとつのミスも許されない。もし、どこかでプログラムが止まってしまったなら、人間は起動しないかもしれない。あるいは、起動しても、絶滅に向かわせるゴーストは取り除けないかもしれない。最高に上手く行けば、いままでの人間ではない、本当に新しい人間が誕生する可能性がある。それがどういう結末になるかは、すべて君の選択と行動にかかっている」
「でも、失敗してもいい。それならそれが運命だったということだ。ただ、君が感じるままに手順を進めてくれればいいから」
ハルさんは最後にそう笑顔で言って、僕の目を見つめた。ハルさんはやれることをすべてやりきったんだろう。そんな清々しささえ感じる顔をしている。
「僕にかかっているとか、良く分からないですが、いったい何をすればいいんですか」
僕の役目は責任重大みたいな言い方だし、不安な顔でハルさんに聞いた。
「ああ、そうだな。ちょっと待ってくれるか。君の顔をよく見ておきたい」
ハルさんはそう言って、僕の顔を両手で挟さむようにして触れた。そして、微笑みながら僕の目をじっと見た。何か本当に最後みたいで、僕は困った顔しかできなかった。
「私を信じてほしい。それだけだ」
ハルさんの黒い瞳が僕とつながっている気がした。
「さて、始めようか」
ハルさんは僕の顔から手を離した。
「やることは、前みたいに手をつないで、そして一緒に目を閉じるだけだ。そこから先は、成り行きに任せていこう。君の周りの準備は既にできている。ただ、君はそこでいろいろな事実と直面することになるけど、それを受け入れて冷静に行動してほしい。カイ、創造主と同じ名前を持つ君なら、きっと上手くできると信じている」
僕は何が起こるのか不安しかない。何が上手くできるのか、さっぱり分からない。でも、僕にできることはやらなきゃという気持ちでいた。
ハルさんはきっともう死期を悟っているんだ。最後の亜人間か。そうは言わないけど、あの笑顔の向こうにある覚悟めいたものを感じる。そこで僕が引けてはいられない。
「分かりました。ハルさんを信じて、言う通りにやってみます」
「ありがとう、カイ。では、手をつないで、目を閉じるよ」
ハルさんの温かい手を感じた。何てホッとするぬくもりなんだ。
(続く…)第5章(3)
0コメント