ウロボロスの回廊 第4章(4)
「うん、そうだ、あの話をしなければならなかった」
ハルさんはそう言って話し始めた。
「君のデータを解析して面白いことがわかった」
カチッとクリック音がした。それに構わず、ハルさんは話し続ける。
「君のデータの中にゴーストの痕跡を見つけたんだ。ゴーストは検知水準を超えたとことにいるから、捕まえることが不可能。前にも話したと思うが…」
「たとえ運良くそれらしいコードを検知したとしても、すぐに逃げられてしまう。そこに痕跡だけを残してな。その痕跡には二種類ある。それは巣穴のようになっているか、あるいは化石のようになっているか、そんな違いだ」
「巣穴の場合は、そこを出入りしていて、ついさっきまでそこでゴーストがプログラムを操作していた、そんな痕跡だ。化石の場合は、ゴースト自体が死んでそこにいる。もう、ゴーストとしての生命力はなくて、何の機能もしない痕跡だけになっている」
「私たちが偶然でも見つけることができるのは巣穴だけだ。だけど、その巣穴を幾ら見つけても意味はない。もうゴーストはそこにはないからな。私たちをあざ笑うかのように、生温かさのようなものを残して、きれいにいなくなっている」
「で、君のデータから見つかったのは化石の痕跡だった。ゴーストはそこで死んでいた。まさに君の中で。この痕跡については、実は伝説みたいな話でしか聞いたことがない。私が目にするのも、もちろん初めてだ」
ハルさんは、とても興味深いと言わんばかりに目を輝かせて僕の目を見る。
カチカチッとクリック音がした。
「なぜ、ゴーストはそこで死んだのか、それが分かれば、新しい人間のプログラムにその要素を埋め込める。そうすれば、人間を絶滅から救えるかもしれない。そこでだ、君のこと、もっと深いところまで調べさせてほしい」
ハルさんはそう言って身を乗り出した。急に顔が近づいたので、僕はちょっと戸惑った。
僕の中で、そんなことが起きているなんて、もちろん知らないし、自覚もしてない。
でも、何かの役に立つのであれば。
「分かりました。では、どうすればいいですか」
深いところと言われても、僕がそれを差し出すことはできない。
「ありがとう。では、また一緒に目を閉じてくれるか。君が一緒にやろうと言ってくれた、日なたぼっこだっけ、あれがなかなか良さそうなんだ。あと、こうしていてもデータは取れるが、もっと深いところを探るには身体が接触していた方がいい。ただ、手を握ってもらえればいいから」
「そんなんでいいんですね」
僕は差し出されたハルさんの手を握った。柔らかくて温かい。亜人間であっても、人間のそれと変わらない。
僕が、これで良いんですか、とい言うと、あははっとハルさんは照れるように笑った。
「では始めよう」
ハルさんは改めて真面目な顔でそう言うと目を閉じた。僕もベンチに深く腰掛け、同じように目を閉じた。
僕はハルさんの手の感触、皮膚の接触面が気になったが、意識を大きく外に向けた。風を感じて、日差しを感じて、木々の奏でる音を聞いた。そして、それらが消えていって、頭の中が空っぽになっていく。
カチッとクリック音が三回響いた。ハルさんは大丈夫だろうか。一度、ハルさんの手の感触を確かめる。ぬくもりがそこにある。
だけど、その感覚はすぐに消えて、僕は空っぽの中に引き戻された。空っぽの中に優しい風が吹いている。いま、ハルさんが僕の中で同調しているのが分かる。そして、少しずつ一緒に深みへと落ちていく。
どこか遠くで声がした。「そこに行ってはいかん」と大きくて澄んだ声がそこに響いた。僕はその声を小さく笑いながら聞き流した。
僕の空っぽはその風と戯れながら、どんどんと深いところへと落ちていった。深い海の底のようなところで、僕たちは止まった。こんなに深いところは初めてだった。多分、ハルさんと一緒だから来られたんだろう。
ん、ここは。
ここは何だ。
そう思ったとき、誰かにつかまれて、強引に上に引っ張り上げられた。
僕は、はーっと大きく引きを吸い込んだ。ベンチに座っている自分に戻った。あわてて目を開けた。
隣のハルさんも苦しそうに大きく息を吸い込んで、そして目を開けた。
二人の目が合った。同時に、あっと言った。
クリック音が四回鳴った。
その瞬間にハルさんが目の前から消えた。僕の手にぬくもりだけが残った。
(続く…)
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