ウロボロスの回廊 第4章(1)
ハルさんが消えてから、三ヶ月が過ぎようとしていた。それでも僕の日課は変わらない。毎日、公園のあのベンチに向かった。そして、一日そこに座ってハルさんを待つ。
もしかすると、あのまま死んでしまって、もう会えないとか。そんな悲観的な考えが度々頭をよぎる。
こうしていると、また、あの時間が夢だったのではないかと思えてくる。時折、見せていたハルさんの笑顔が幻のように、その印象だけが心の壁に焼き付いている。
ただ夢を見ていただけという記憶にしてしまおうとも思う。でも、僕はハルさんと一緒にいた、あの空気感をまだ覚えている。それが消えない限り、あれは僕の現実なのだ。
それに、ハルさんと会ってから、僕の中で何かが変わったような気がする。新しい扉が開いて、よく分からない何かががそこから滲み出てくるような感じだ。
それにしても、ハルさんは何を知りたかったのだろうか。新しく人間を創造して、それを起動させる。滅びゆく亜人間の代わりに世界を担う存在として。それは分かる。
だけど、亜人間が人間を創造するというのも変な話だ。亜人間は人間につくられたのではなかったのか。その亜人間が人間をつくることなどできるのだろうか。
もし、その亜人間のつくる人間が失敗作だったら、また人間が滅ぶことは避けられない。そうならないように、ハルさんは絶滅を回避させることができる新種の人間を起動したいみたいだけど、そんなことが本当にできるのだろうか。
それができなければ、亜人間の絶滅後、完全に人間という種はこの世界からいなくなる。今までの話だと、そうなる可能性が高い、そういうことだ。
それに上手く起動したとしても、いずれゴーストが現れて、人間を絶滅へと向かわせる。どんなに緻密にプログラムしても、必ず滅ぶようにそれが書き換えられてしまうなんて…。無理だよな。
人間だろうが亜人間だろうが、絶滅するように仕向けられていて、それに逆らうことができない。きっと、ゴーストは僕たちより数枚上手だ。いまも僕の中にもゴーストがいて、少しずつ絶滅の方向に向かわせているかもしれない。
それならば、なぜゴーストはすぐに人間を殺さないのだろう。なぜ、人間は生かされているのだろう。必ず滅ぶという方向に、この瞬間も向かっているのに。
僕にとっては遠い未来の現実感がない話だとしても、長い時間の流れの中では、そうして創造と滅亡が繰り返されている。この時間の中で永遠に。
それはまるで輪のようなものだな。もしかすると、この時間は丸い輪のようなもので、始まりと終わりがくっついているのかもしれない。
いま、時間は未来に進んでいると思っているけど、実際には過去の尻尾に向かっている。そうだとするなら、起動しようとしている新種の人間は、実は原種の人間と同じになるしかない。
ただ、時間のスタートに戻って、そこからまた滅亡するという歴史を何度もループしている。
そうして人間が延々と引き継がれていく運命だとしたら。もしかすると、時間の輪がきちんとその形を保つように、そうなるようにゴーストが存在するのかもしれない。
そうだとするなら、ハルさんのやっている絶滅を回避することなど無駄なことだ。人間の運命もどんなプログラムも、ゴーストに逆らうことはできないんだ。
ハルさんは絶滅の問題を解決しようと真剣に取り組んでいるけど、それをすべてゴーストがコードを書き加えて駄目にしてしまうなら。そうだったら、悲しくなるな。ハルさんや僕は何のためにこんなことをしているんだ。
そんなとりとめのない思考が、いくつも頭の中に現れて、僕は答えに辿り着かない自分にイライラが募っていった。
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