ウロボロスの回廊 第3章(5)
ハルさんは怪訝な顔で僕の話を聞いている。
「まあ、そう君が言うなら。前は中途半端になったしな。でも、亜人間はそういうことはしない。そうする意味がわからない。本当のところ、言葉は悪いが、バカげたことだ。私が知っている原種の人間のデータでも、そんなことしなかったようだぞ。君は同じ原種の人間だけど、変なことに興味があるんだな」
クリック音が三回鳴った。
「それなら、逆にやる価値はあるかもしれませんよ。やってみましょう」
思いつきだったことだが、僕はだんだんその気になってきた。
でも、クリック音が三回鳴ったぞ。ハルさん、大丈夫かな。前回のことが脳裏をよぎって、僕はちょっと心配になった。でも、何か危険があれば、仲間が助けるだろう。
「目を閉じればいいんだな」
ハルさんはそう言って、目を閉じた。
「そうです。それで風とか暖かさとか音とかを感じて。ただ、それに任せて頭を空っぽにするんです」
ハルさんが目を閉じる顔を確かめ、僕も隣で目を閉じた。
そして、僕は世界を感じた。心地いい風が身体を通り抜けていく。日差しは優しく肌を温める。公園の木の葉が小さく音を立てている。鳥が遠くで鳴いている。頭の中から思考が消えて空っぽになる。自分もその空っぽになっていく。
そのとき、また妙な感覚が起こった。僕はベンチから離れた場所にいいて、そこから二人が座っている姿を眺めている。何だこれは。僕は幽霊のようにそこにいて、しばらく黙って二人を見続けた。
これは夢なのかと我に返った。いや、となりに座っているハルさんの気配は感じている。僕はここにいて座っている。大丈夫だ。そう確かめた。
僕は落ち着くと、また空っぽの状態に戻っていった。どのくらい時間が経ったのだろうか。ここに誰も居ないのではと思うほど静かなことに気付いて、急にハルさんが心配になった。
僕は目を開けて、ベンチの隣を見た。ハルさんはまだ目を閉じてじっとしている。
「ハルさん」
僕は驚かさないように小さく声をかけてみた。
「ハルさん、ハルさん」
全く動かない。僕はちょっと焦った。まさか、死んでないよね。
クリック音が四回鳴った。
ハルさんは目を閉じたまま、僕の目の前から忽然と消えた。
(続く…)
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