ウロボロスの回廊 第3章(1)
公園で起こった出来事は夢ではなかった。突然、僕の日常に割り込んできた非日常の場面。まだ、僕はそれをどう理解すればいいか分からない。それでも、毎日公園には行くようにした。いつハルさんが戻ってくるか分からない。
ハルさんの話はとんでもない内容だが、何となく無視してはいけない気もする。現在の僕には関係ない未来の話だけど、彼女の存在が話に現実感を与えている。
ところで、なぜ、ハルさんは他の人間ではなく、僕のところに来たのだろう。それを聞いてなかった。
人類の再生とか、そんなことは僕には分からない。僕の知識がそれに役に立とも思えない。それなら、もっと専門の科学者とかいるだろうに。なぜ、そういう人物を選択しなかったのか。
僕はこの状況を受け入れてみようとしたが、いろいろな疑問が浮かんできてそれを難しくする。
再びハルさんが現れたのは、それから十日ほどしてからだった。
「カイ、待ってくれたのか。ありがとう」
いつもの公園のベンチの前だ。また唐突に目の前に現れたハルさんは、そう言うと遠慮なしに僕の隣に座った。
そしてあの独り言を言う。
「…滞在設定ロック、影響値レベル40で強制帰還」
「…時空間接触安定度は良好」
不思議な顔をしている僕を察して、ハルさんが笑いながら教えてくれた。
「ああ、これは向こうの仲間との通信だ。過去とのつながりは、そう簡単ではないから、
自分を時間から守らないと」
ここに滞在するということだけでも危険な任務なんだな。そんな状況なのに、時折、ハルさんは穏やかな笑顔を見せる。あれは僕に対する気遣いなのか。
「あの、ハルさん、今日は先に聞いておきたいことがあるんですけど。いいですか」
僕は思い切ってそう聞いてみた。ハルさんからの情報ばかりで、僕は何も消化できないでいる。こちらの疑問にも答えてほしい。
「私も伝えたいことがたくさんあるから、手短であればいいよ」
ハルさんはそう言ってから、どうぞという顔をした。
「その、なぜ僕なんですか。人間を再誕生させるなんて任務、もっと適任な科学者とかいるでしょう」
「ああ、そのことか。うん、それは、気を悪くしないで聞いてくれ。君を選んだのはたまたまなんだ」
「実は時空を越えることは可能だけど簡単ではない。いろいろな条件設定もあるし、
それを精密に動作させるマシンの精度もある。条件はかなり細かく設定できるが、私たちのマシンは到達する時空帯の精度に問題を持っていた」
「例えば、ひとメモリがこちらの時間スケールでの1億年だとすると、メモリひとつで人類誕生を飛び越してしまう。マシンの精度が粗ければ、誰もいないところに着地してしまうということだ」
「それで、人間に会うためにはもっと細かい時間設定を可能にする必要があった。それを何度も調整実験して、失敗を繰り返していたときに、偶然、ここに来た。そこで君に会ったというわけだ。このマシンを使って、初めて会った人間が君だ」
「これは奇跡的なことだから、ロストしないように、時空帯の座標だけでなく、君の存在にもロックした。いまのマシンの性能からしたら、この一回が限界。私が過去で会えるのは君だけだし、場所もここだけだ。時間もここの流れにロックしている」
「もし、もっと最適な人間に会うために君からロックを外したら、そもそも人間に会える可能性すらないかもしれないということだ。そういうわけ。君を選択したのは偶然の産物だけど、君に会えたのは奇跡的なことなんだ」
「君には特別な知識とか能力とかは求めてない。気がついたことがあったら何でも話してほしいだけだ。そこから何かを引き出すのが私の役目だ。それに、たとえどれだけの科学者であっても、それでこの任務に最適かというと、そうでもないこともある」
「分かったかな」
カチッとクリック音が鳴った。
(続く…)
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