ウロボロスの回廊 第2章(3)
人間は遠い未来に絶滅してしまうのか。自分には実感がわかなくて、何か、人事みたいに思える。
「それと、私が時間を超えてここに来ることだけども、」
ハルさんは話を続ける。
「時間を超えていく方法は発明されたが、過去に長くとどまることができないんだ。過去を変えることはできない。過去を変えようとすると、時間との摩擦が起こる。余り長く留まって、過去に影響を与えてしまうと、その摩擦で私は壊れてしまう。だから、時間が私を壊すそのギリギリでここを離脱しなければならない。その警告があのカチカチ音だ」
ハルさんは、そこまで話すと息をついた。そして、僕の顔を見て様子を伺った。
僕はポカンとした顔をしていたんだと思う。ハルさんがちょっと困ったような顔で笑った。
まだ、僕はどう信じていいかわからない。それにしても、突拍子もない話だ。
ハルさんが真剣に話しているのは分かる。もし、あれが僕を騙すための演技なら、それはそれでスゴイ。でも、何のためにこんなホラ話をして僕を騙すんだ。
妄想癖のある人かもしれない。だけど、そんなことどうやって確かめるんだ。
「それで、その、私にどうして欲しいんですか」
僕はハルさんの話に乗ってみることにした。
「初期の段階については、既にやってもらっている。話している間に、君から現存の人間のデータを採取し終わった。私の世界に戻って、私たちの持っている人間のデータと差異がないか検証をしてみる」
ハルさんは少し事務的な感じで、そう僕に答えた。
「あっ、そうなんですね」
僕は何かを取られたのか。何だか腑に落ちない気持ちになる。
ハルさんが話し続ける。
「ただ、君のデータがあっても、新しい人間を起動させるには不完全だということは分かっている。それでも、データを分析して、絶滅を回避する僅かな糸口でもつかみたい。その方法が見つかれば、新しい人間は絶滅することなく、世界で生き続けていける可能性が生まれるからな」
「ああ、それから、このことも話しておく。私たちを絶滅に導くかもしれないものとして、ひとつだけ想定されていることがある。これはまだ完全に検証されていない話なのだが。人間の、亜人間もそうだが、そのプログラムを完璧なコードで書いたとしても、そこにはなぜか自滅するコードが埋め込まれてしまうようなんだ。私たちはこれをゴーストと呼んでいる」
「どれだけチェックしても、このコードはいつの間にか書き足されてしまう。機能停止した亜人間の仲間を検証すると、それらしい痕跡だけを見つけることができる。それで、もしかすると、これが人間や亜人間の絶滅の原因なのかもしれないと睨んでいる」
「それを削除する方法が分かればいいのだが、何しろゴーストの存在自体が幻のようで、その作用すらもはっきりと把握できていない。だから、今のところ何も手出しができない状況なんだ。できるなら、ゴーストの情報をつかんで、再生させる人間にはこれに少しでも対処できるようにしたいのだけど」
カチッとクリック音が3回鳴った。ハルさんは少し苦しそうに眉間にシワを寄せた。
「…ちょっとダメかもしれん」
「…レベル30で設定解除して離脱する」
ハルさんはまた独り言のように言った。
「カイ、すまんな。もう少しいられると思ったが、時間の圧力が予想以上で、ちょっと無理のようだ。また、近いうちに会いたい。なるべくここに来るようにしてくれ。この座標だけが頼りなんだ」
「ええ、はい、分かりまし…た」
僕がそう言い終わらないうちに、ハルさんは忽然と目の前から消えた。そのとき、柔らかい風が、僕の頬に触れて通り過ぎていくのを感じた。
(続く…)
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