超人ザオタル(30)自分への道

その晩、アルマティとタロマティが部屋を訪ねてきた。

私は静かに目を閉じて座っていた。

ふたりに気づいて目を開けると、部屋に迎え入れ椅子をすすめた。

「…さて、何か聞きたいことはあるかね」


私が微笑みながらそう尋ねると、しばらく沈黙が続いた。

「…、自分を知るとはどういうことでしょうか、ザオタル。

それが道だと聞いています。

ただ自分を知った人はだれもいないとも聞いています」


アルマティが高まる好奇心を押さえるように静かな口調で言った。

「自分を知ること、それが道であることは間違いない、アルマティ。

私も自分を知ったという人に会ったことがない。

だから、何が自分を知ることなのかを教わったこともない。


それはどうしても自力で見つけなければならないのだ。

たとえ自分を知った人に出会うことがなくても。

そうすることに確信が持てないとしても。

現実としてそこへと道は続いているのだ。


その道は世界から心の中へと伸びている。

世界の中を探しても自分はいない。

これが世界を歩く者が最後に知ることだ。

これも世界を歩いた上で、自分で理解しなければならない。


それを理解できなければ、世界の扉はまだ開いたままだ。

そして、いつでもそこに戻れるように道を残しておこうとする。

心の道を行くことは世界へ戻る扉を閉じることでもある。

このことを私が完全に理解しているとは言わない。


私でさえ、まだ世界に心残りがあるのだ。

この草原の世界で日々を静かに暮らしたいとさえ願っている。

だが、それでは自分が分からないままになる。

歩くべき道はまだ残されていると知っている。


自分とは誰なのだろうか。

それは世界を逆回転させなければならない。

世界から手に入れたものを手放していくことで見えてくる。

瞑想がそこへと導いてくれるだろう。


その自分の深いところには何もない。

そこは色彩豊かな世界とはかけ離れたところだ。

何もないのだが、私だけはそこにいる。

その私を知ることが、自分を知るということだ」


私は思いつくままに言葉を重ねた。

タロマティが口を開いた。

「私たちはその道とやらを歩き、自分を知らなければならないのでしょうか、ザオタル。

私たちはこの世界で生きているのですよ。


それを黙して見ようとしないことに意味があるのでしょうか。

私は多くの旅人を見ていきました。

みんながみな、とても苦しそうです。

それは世界での暮らしを無視しているからではないでしょうか。


私は自分を知っています。

ここで生きているこの身体と心が私です。

そうであることに誇りを持ち、生きる意味を感じています。

これが私の道であり、終着地だと受け入れています」


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で今まで気づかなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい人生が始まっていきます。