ウロボロスの回廊 第1章(2)
「何のためって、気持ちいいからですよ。リラックスするんです、こうしていると。リラックスするためには、何も考えない方が良いでしょう。考えたらリラックスにならないし」
僕はせっかくの楽しみにしていた時間を、この女性に取られた気がしてちょっとイライラした。
公園で過ごす状況はいつも快適というわけではない。寒すぎたり、風があり過ぎてもダメだ。爽やかで気持ちいいと感じる、そんな絶妙な日はめったにない。
だが、今日は奇跡的に最高の状況だったのだ。それを楽しみたかったが、突然現れた見知らぬ女性との会話で時間を潰している。
カチカチっと、また、あのクリック音がした。今度は二回だ。
「…おっと、レベル20か」
女性はそう小さくつぶやいた。
「ふーむ、そんなこともするんだな。あっ、何か、ごめんな、君の大事な時間だったか」
僕の言葉に何かを感じたのか、そう言って、女性は申し訳なさそうに微笑んだ。
「そうだな、確かに何も考えないという時間は大切かも。ちょっと興味がある。私もやってみるとするか」
女性はそう言って、僕の隣で目を閉じた。
「なかなか良いもんですよ」
日なたぼっこに興味を持ってくれたことで、僕の女性への好感度が上がった。
「そうして、ただ世界に身を委ねて、聞こえる自然の音とか風の感触とか、肌に染みてくる暖かさとかを感じるんです」
僕は少し得意になって話した。
「君、なかなか詩人だねえ」
女性は目を閉じたまま、そう言って笑った。
「ちゃんと何も考えずに、ですよ」
僕は女性にそう言うと、隣で目を閉じた。
いつも通りの静かな時間が流れていく。しばらくしてから、僕は不思議な浮遊感覚を感じた。この感覚は初めてだ。
気がつくと、僕は少し離れたところから、二人がベンチに座っている姿をじっと見ていた。
ハッとして、自分に戻ろうとする。そうすると、ベンチに座っている自分を感じた。隣に座っている女性の息遣いも聞こえる。
どうなってるんだ…。少し心臓がドキドキする。でもまあ、そういうこともあるだろう。ちょっとした不思議な幻を見たんだ。僕はそう思い直して、静かな時間に感覚を戻した。
しばらく何事もなく快適な時間を過ごしていたが、ふと、隣の女性が気になった。いま、この時間をどんなふうに感じているのだろう。
そのとき、あのクリック音が三回鳴った。
えっと思って、目を開けて横を見ると、隣に座っていたはずの女性がいなくなっている。キツネにでもつままれた感じだ。
何だ、夢でも見てたのか。いや、そんなはずはない。確かに女性と会話していた記憶がある。でも、ベンチには誰もいない。
僕は辺りをキョロキョロと見回した。やはり誰もいない。僕はまた目を閉じた。心の中に静かな時間の余韻がある。
あの人がここにいないことは確かなんだし。きっと、気を使って静かに帰ったのかもしれない。僕はそう思うことにした。
また、目を閉じて日なたぼっこに戻った。それにしても、ついさっきのことなのに、とても懐かしく思える。
そして、ひとりの公園はこんなにも寂しいもんなんだなと、なぜかそのとき僕はそう思った。
(続く…)
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