15:ドライブする夢(8)
あら、目が覚めたの。
マギーさんの声がした。
僕は走る車の中にいた。
まただ…。
ここで何かを見つけないと、
これは永遠に続くぞ。
僕は椅子に座りなおすと、
辺りをキョロキョロ見回した。
その様子がおかしかったのか、
マギーさんは、あははっと笑った。
どうしちゃったの。
変な夢でも見たの。
マギーさんは吹き出しそうな顔で僕を見る。
僕は我に返って、冷静になろうと努めた。
前を見て深呼吸をした。
相変わらず砂漠の中の道を走っている。
見慣れた道だ。
マギーさんはハンドルを握ったまま、
チラチラと僕を見て怪訝そうな顔をする。
マギーさん、ここはどこなんですか、
教えてください。
僕は真顔でマギーさんに聞いた。
マギーさん…って、馬鹿に今日は丁寧ね。
そこにここはどこって、
昨日、森を抜けて海までドライブしようって、
そう話してたじゃない。
マギーさんは、何言っているのと言った。
そう、そうだったね。
僕は話を合わせた。
これはあのマギーさんじゃない。
何を言ってもダメだ。
あっ、と言ってマギーさんは前方を指差した。
あれ、ちょっとまずそうね。
道路の先に砂埃が舞い上がっている。
あれは…、砂嵐だ。
茶色い雲の壁がすごい勢いで空高く膨れ上がっていく。
あれに巻き込まれたら…。
マギーさんは車をUターンさせると、
砂嵐から逃げるように車を走らせた。
空はどんどん暗くなり、
周りの景色も陰っていく。
砂嵐に追いつかれる。
もう、避けることはできなさそうだ。
マギーさんは車を道路の端に止めた。
窓をしっかりと締めて迫る砂嵐に備えた。
マギーさんは僕の手を握って肩を寄せてきた。
茶色い砂雲が車を飲み込んだと思ったら、
視界がまったくなくなった。
激しい風で車がガタガタと揺れる。
シャーッと砂が車を打ち付ける甲高い音が車内に響く。
黒い影が近づいてきたと思ったら、
巨大なクジラだった。
車スレスレをかすめていった。
車はどんどん積もる砂に埋れていく。
窓が塞がれて、車の中は暗くなっていった。
このまま砂の中に埋れてしまうのか。
そう思っているうちに、
車は完全に砂に飲み込まれ、
車内は真っ暗になった。
風の音もしなくなった。
その暗闇の中で、
僕はマギーさんの握る手のぬくもりだけを感じていた。
ここで死んでしまうのか。
マギーさんは眠ってしまっているようだ。
微かに寝息が聞こえる。
マギーさん。
マギーさん。
何度も声をかけたが反応がない。
僕は狭い車内で息苦しさを感じて、
ここから脱出しなければと考えていた。
車の窓を少しだけ開けてみた。
細かい砂がサーッと車内に入り込んでくる。
これはマズイ。
慌てて窓を締めた。
僕の身体に砂が積もっている。
どちらにしても、砂に埋もれるのか。
そう思ったとき、窓の隅から差し込む光に気がついた。
そこから微かに青空が見える。
それほど深く埋まっているわけではなさそうだ。
僕はまた少しだけ窓を開けた。
砂が勢いよく車内に入り込む。
その砂を両手ですくい、
身体をねじって、後ろの座席に捨てた。
また、少し窓を開けて、
入り込む砂を後ろの座席に移す。
砂だらけになりながら、
それを繰り返していると、
窓が全開にできるくらいになった。
僕は眠っているマギーさんを肩に抱えて、
窓から外へと這いずり出た。
外は青空が広がっていて、
一面、平らな砂の海になっていた。
マギーさんをそっと砂の上に寝かせると、
僕は辺りを見回した。
見渡す限り何もない。
僕は砂の上に腰を下ろした。
遠くに流れる雲をぼんやりと眺めた。
おまえ、そろそろ気がついたか。
そう声がして振り向くと、
そこにジャガーが座っていた。
漆黒の瞳で僕を見つめる。
こんな状況で何に気がつけばいいんですか。
僕は泣きたくなった。
しょうがない。
ちょっと歩こうか。
そう言ってジャガーは立ち上がった。
ジャガーは身体が人間で頭だけジャガーの姿になった。
白いTシャツを着てジーンズをはいている。
僕も立ち上がった。
マギーさんが心配になって、
チラッと目をやった。
大丈夫だ。心配するな。
ジャガー男はそう言って、僕の背中を叩いた。
僕たちは砂の海を歩いた。
ジャガーさんは何者なんですか。
僕は人間っぽくなったジャガーに聞いてみた。
ジャガーさんじゃないだろう。
おれはアッシュだ。
本当に忘れたのか。
ジャガー男は、やれやれと言った。
おまえは自分が何者か思い出さなければならん。
そうしないと…。
ジャガー男は、そこまで言うとピタリと止まった。
そして、身体が砂になって、サラサラと崩れ始めた。
あっという間に小さな砂山になった。
僕の身体も砂になって、サラサラと崩れ始めた。
その砂は風に乗って散っていった。
見渡す限りの砂の平原と青い空だけが残った。
そこで、僕は目が覚めた。
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