瞑想の声は私の終わりへと導く(4)神秘体験
瞑想を始めたばかりの頃はその状態について何も知らなかった。
そのため、実際に瞑想ができているのかさえ定かではなかった。
瞑想の感覚が毎回違っていることも、私を混乱させた。
私は本当に瞑想しているといえるのだろうか。
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瞑想の導入時にマントラを使い始めてからはそんな不安が解消した。
マントラ導入後のその一瞬で意識が瞑想に切り替わるのが分かる。
瞑想の意識状態とは身体は眠っていて意識が起きていること。
自然に呼吸は浅くなり、身体の活動が落ち着いてくる。
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それでも意識は眠ることなく、その状態を認識している。
身体の感覚が次第に消えていく。
意識が心の状態を観察することに焦点を合わせる。
マントラはここまでの瞑想状態に無理なく導いてくれた。
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瞑想しようと力むことなく、その状態になることは効率的だ。
それで私は瞑想自体に集中することができたのだ。
そうして導かれる瞑想の体験は私を夢中にさせた。
空意識の静けさ、神秘的な光のイメージ、歓喜に満ちたエネルギー。
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宇宙の果まで飛んでいく、神秘的なマントラの形を見る。
世界が黄金に輝く美しい光景、凛とした静寂に満ちている至福。
そんな瞑想の体験は尽きることがない。
望めば、いくらでもそんな体験をすることができた。
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それだけではない。
その瞑想後に与えられる体験も心地良いものだ。
身体の軽やかさ、喜びに満ちている心、何でもできる気持ちにさえなる。
瞑想状態に疑問を持っていたときに比べて、格段に私の状態はよくなったのだ。
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もちろん瞑想はそんないい状態ばかりが続くわけではない。
それは基本的に不安定で、期待通りの結果を得られるとは限らない。
だが、一度あの神秘的な経験をしてしまうと、それを期待せずにはいられなくなる。
そんな経験が起こらないと、瞑想ができていないのではないかと思ってしまう。
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私はこの特別な経験の積み重ねが瞑想の理解を深めていると思った。
それでいいのか、瞑想の神秘体験の中でそんな声を聞いた。
結局、私のそんな体験は現実感を失って色あせていったのだ。
それでいいわけがない、私はその答えを見つけるために瞑想をしている。
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何のために瞑想しているのかを知らなければならない。
神秘的な体験をするために瞑想しているのではないことは確かだった。
それは必ず過ぎ去り変わっていくものでしかないのだ。
その姿を目の当たりにすれば、それでいいのかという声に、それでいいとは返せない。
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