名もなき師が教えてくれたこと(18)闇
私は夢の中で目を開けた。
あの男がいつものように目の前に座っているものと思った。
だが、そこには誰もいなかった。
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大樹の荒々しい幹の肌が私の目を引きつける。
私はあの男のように大樹の幹を背にして座ってみた。
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幹に背中をつけて目を閉じてみる。
すると、大樹の意識が私のなかに流れ込むのを感じた。
そのままに任せていると、私は意識に満たされて大樹とひとつになった。
私は大樹の隅々まで感じることができた。
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木の上に意識を向ければ、雲の上の空を見ることができた。
豊かに茂る一枚一枚の葉を感じることができた。
そこで鳥やリスたちと戯れることもできる。
そして、大樹の根に意識を向けたとき、果てしない闇を見た。
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その闇は答えだった。
私の数々の疑問はそこで完全に消えてしまった。
その闇は私の目の前にあり、そして私とその闇に境界がないのだ。
つまり、私は闇になっていた。
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疑いようのない現実がここにあった。
ここで何を疑えというのだろうか。
現実とは私が闇として存在しているということだ。
その闇は一切動くことなく、闇以外になることもない。
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そこは闇以外に何もなく、私はその闇でいることから離れることもできない。
私は意識を大樹の根本へと移していった。
目を閉じていたが、光と風を感じた。
それは心地よかったが、何かを失った気がした。
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私は自分が誰だったのか忘れてしまった。
いや、もともと私は特定の誰かではなかったのだ。
私は大樹の根の闇であり、その他ではあり得なかった。
根に意識を向ければ、いつでもそこにはあの闇がある。
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あの闇からこの大樹は生まれた。
そして、この大樹に触れる者は、その自分の闇にも触れる。
自分にも大樹のように根があり、それは同じ闇なのだ。
闇だからこそ、世界の光にさらされることができる。
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私は大樹でありひとりの男でもある。
だが、特定の誰かではない。
夢を見ていたあの男は消え去ったのだ。
私は夢を見ていたのではなく、ここで現実を見ていた。
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夢から覚めたと思った時、私は夢の中にいたのだ。
私は目を開けた。
大樹の木肌を背中に感じていた。
幹を通り抜ける風と木の葉の擦れる音を聞いた。
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