名もなき師が教えてくれたこと(16)自由
夢の中で目を開けると、目の前にあの男が座っていた。
私はいつもの場所に座っていた。
胸に手を当てて小さく会釈をした。
男も胸に手を当てて会釈をした。
しばらく沈黙が続いた。
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「話を始めてもいいでしょうか」
「どうぞ始めてください」
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「私は自由を求めています」
「それはいいことではないでしょうか」
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「でも、自由が何かわからなくなります」
「何の囚われもないことが自由です」
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「そうすると囚われることが恐ろしくなります」
「本当の自分でいることが自由です。そこに恐れはありません」
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「私はまだ自由を知らないのでしょうか」
「自由という言葉は不自由という言葉も生んでしまいます」
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「不自由であることはよく分かっています」
「自由を求める前に本当の自分を知ることです」
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「本当の自分は自由なのでしょうか」
「本当の自分の本性が自由なのです」
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「それが自由だと分かるのでしょうか」
「本当の自分は自分が自由だと分からないでしょう」
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「それは私にとって意味があることなのでしょうか」
「本当の自分は不自由を知らないのです」
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「不自由を知らなければ、自由であることも分かりませんね」
「そうです。本当の自分には何の囚われもないため自由なのです」
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「本当の自分は不自由になることができないのですね」
「本当の自分は自由とか不自由を超えています」
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「不自由になる恐れもそこにはないということでしょうか」
「本当の自分はそれとしていることしかできません」
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「私が本当の自分になれば、恐れもなくなるのですね」
「あなたの心には恐れが起こるでしょう。でも本当の自分には起こりません」
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「それでは私には不自由になることの恐れが残るのですね」
「それは心の性として残りますが、あなたが本当の自分でいることは変わりません」
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「私が本当の自分にならなければ、自由を理解することはできないということでしょうか」
「まず本当の自分になってから、自由の意味を知ることになるでしょう」
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「この世界で自由を求めても無意味だということでしょうか」
「無意味だとはいいませんが、完全な自由にはならないでしょう」
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「完全な自由でないから、不自由になる恐れが残るということでしょうか」
「そうです。本当の自分になったときのみ完全な自由になれます」
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「心に不自由になる恐れが残るなら、完全な自由になる意味はあるのでしょうか」
「それは本当の自分になったときに明らかになるでしょう」
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「私の中に本当の自分という存在がいることが信じられません」
「私は本当の自分であり、あなたも本当の自分なのです」
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しばらく沈黙が続いた。
それはとても心地良い時間だった。
そうと知らなくても、大樹の下はいつでも沈黙だったのだ。
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私は目を覚ました。
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