名もなき師が教えてくれたこと(14)順番
気づくと私は目を開けて男の前に座っていた。
男は胸に手を当て、私に軽く会釈をした。
私も胸に手を当てて会釈を返した。
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「話を始めます」
「はい、どうぞ」
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「何においても、初めに本当の自分を知ることが必要なのでしょうか」
「理想的にはそうです」
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「実際にはそうではないということでしょうか」
「実際には、身体や心を使って何とかしようとするでしょう」
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「それでどうにもならない状況になります」
「そこで初めて求める順番が違うと気づくことになります」
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「その順番が違うと、何をしても満たされない」
「そうです。知識の蓄積や善行の経験が本当の自分を実現させるわけではありません」
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「それは私の知っていることとまるで違います」
「そこが誤解を招いているところです」
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「知識や行為が本当の自分にならないということはなかなか気づけません」
「知識があっても経験を重ねても、何も変わっていないことに気づくでしょう」
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「私はそれで何かが変わっていると感じます」
「知識や体験の記憶は変わりますが、あなたは変わったでしょうか」
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「確かに私は何か知っている気になっていますが、何も知らないのかもしれません」
「あなたが知るべきことはひとつだけです」
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「本当の自分を知ることが私に欠けていることですね」
「そうです。まず本当の自分を知ることです」
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「そこに知識や善行は必要ないということでしょうか」
「本当の自分についての知識はある程度必要な場合があります」
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「それはどうしてでしょうか」
「本当の自分を知ることが自分にとって大事なことだと知るためです」
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「それでも知識が本当の自分に導くことはないのですよね」
「はい、本当の自分が知識で実現することはありません」
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「知識は導入部分にだけ必要ということでしょうか」
「そうです。知識はある程度のところで収集をやめる必要があります」
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「そうしないと知識に溺れて、いつまでも本当の自分を見つけられない」
「本当の自分を知れば、そこから知識があふれていきます」
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「善行についてはどうでしょうか」
そこで男は黙った。
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大樹に住む鳥たちのさえずりが聞こえた。
私は目を覚ました。
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