名もなき師が教えてくれたこと(13)不足
すでに私はそこにいると分かった。
目を開けると男が微笑みながら私を見つめていた。
私は胸に手を当てて、小さく会釈した。
男も胸に手を当てて頷いた。
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「話を始めます」
「はい、どうぞ始めてください」
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「本当の自分を知ることは私に何か恩恵が与えられるでしょうか」
「それは、以前にお話したように、恩恵が与えられることはありません」
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「私はどうしてもそこに納得がいきません」
「あなたは人生に何を求めているのでしょうか」
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「私は自分という存在が誰かに認められることを望んでいます」
「どうすれば認められると思いますか」
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「自分が良い人間になることです」
「良い人間とはどんな人間でしょうか」
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「知識があり、人間としての品格があり、何かの仕事や能力で社会に貢献できる人間です」
「あなたはそんな人間になることができるでしょう。でも、それで満足でしょうか」
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「確かに、それだけでは何かが足りない気がします」
「何が足りないのでしょうか」
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「自分の中で何かが不足している感じがします」
「何が不足しているのでしょうか」
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「それがよく分かりません」
「それは、誰が良い人間になったのか知らないということです」
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「それは私が良い人間になったのです」
「その私とは誰なのでしょうか」
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「私とはここにいる私です」
「あなたは身体と心が自分だと思っているのでしょうか」
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「現実的には、そうです」
「現実的に、あなたは身体でも心でもありません」
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「そこもよく分かりません」
「身体や心を客観視できるのであれば、それはあなたではないということです」
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「それは分かります」
「誰が客観視しているのでしょうか」
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「それは私です」
「そのあなたは何処にいるのでしょうか」
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「心の奥にいる気がしますが、何故かはっきりしません」
「そのはっきりしない部分が、あたなに欠けているものです」
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「それが本当の自分で、それを知らなければ、私は望む自分いなれないということですね」
「その通りです」
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「私は幸福な自分になりたいのです」
「初めに本当の自分を知ることです」
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「私は成功したいと思っています」
「初めに本当の自分を知ることです」
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「私は死に対する恐れをなくしたいのです」
ここで男は黙った。
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沈黙の時間が流れていった。
私はこの沈黙を心地よく感じた。
それがすべての答えを示している気がした。
私は目を覚ました。
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