名もなき師が教えてくれたこと(11)不安
私が目を開けると、男が微笑みながら目の前に座っていた。
私もすでに座っていた。
葉を揺らす風の音が遠くに聞こえた。
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私は胸に手を当てて言った。
「話を始めたいと思います」
男は微笑みながら言った。
「どうぞ、始めてください」
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「私は不安なく楽に生きたいと思っています。本当の自分になれば、そうなるでしょうか」
「それはそうなるともそうならないともいえます」
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「そうならない理由は何でしょうか」
「本当の自分を知っても、あなたの身体や心が楽に生きていける保証はありません」
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「それは残念です。でも、本当の自分はこの世界の最高の状態なのですよね」
「その通りですが、あなたは身体や心を本質としている存在ではないのです」
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「それは分かりますが、本当の自分を知ることで身体や心も影響を受けるのではないでしょうか」
「あなたは本当の自分という視点を得ていますから、身体や心がそれに影響されることを否定はしません」
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「ただ、それは確約できるものではない」
「ある意味、あなたが不安になったり安心できない状態でも、それはそれで完璧なのです」
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「不安が完璧とは思えません。私はそれをどうにか変えたいと思います」
「あなたは本当の自分である時点で、すでに完璧なのです」
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「完璧であっても、不完全な不安があるのはどうしてでしょう」
「不安も完璧な本当の自分である存在でできています。だから、その本質は完璧なのです」
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「とても混乱する話です。私はなぜ不安に感じるのでしょうか」
「あなたが不安になっているのではなく、あなたの心が不安になっているのです」
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「それは自分が不安になっているということですよね」
「あなたの心に不安が起こっているのであって、あなたが不安なのではありません」
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「言葉では分かりますが、私はこの不安な気持ちをどうすればいいのでしょうか」
「あなたは本当の自分という視点から不安を見つめる必要があります」
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「そうすることに、どうんな意味があるのでしょうか」
「それが真実の構図だということです。あなたは不安を感じるかもしれませんが、不安自体ではないということです」
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「私は本当の自分として、不安を受け入れる必要があるということでしょうか」
「それを受け入れるかどうかよりも、自分を正しい場所に置いてみることが大切です」
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「まるで答えをはぐらかされているようですが」
「これは言葉で伝えられるものではありません。そうしてみて自分で分かる必要のあることです」
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「本当の自分を知ることが不安を解消するものでないことは分かりました」
「不安も本当の自分という存在でできています。その視点で見れば不安が存在しないことが分かります」
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「不安は確かに存在しますが」
「不安が起こる前に、あなたを不安にさせる状況があります」
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「その通りです。その状況の中に私は立たされています」
「その状況もそこに立っている身体も不安ではありません」
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「そうです。状況は状況であって、不安ではありません」
「あなたの身体は状況に対して、何かの反応を起こすでしょう。それは不安とはまったく関係のないところから起こります」
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「つまり、心が不安に思っていても、思っていなくても、身体は同じ反応をするということでしょうか」
「そういうことです」
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「それでは不安になることは無駄なことなのでしょうか」
男はそこで黙った。
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静かな時が美しい砂のようにサラサラと流れた。
私は目を覚ました。
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