名もなき師が教えてくれたこと(10)願望
夢の中で目を開ける前に、私はあの場所の空気を感じた。
目を開けると、私はあの男の目の前に座っていた。
男は星のきらめく黒い瞳で微笑みながら私を見ていた。
私は小さく頭を下げた。
男もうなずいた。
私は胸に手を当てて言った。
「それでは話を始めます」
男は微笑みながら言った。
「はい、どうぞ」
「私が自分とは存在だと知れば、すべての願いが叶うのでしょうか」
「どうしてそう思うのでしょうか」
「存在は世界の全てであるなら、私は世界のすべてを手に入れたことになります」
「残念ながら、あなたの願いが叶うことはありません」
「私は存在なのですよね。そうであれば、願いは現実化するはずです」
「確かに、願いは現実化しますが、あなたが思っているようにではありません」
「それはとてもシンプルです。私には願いがあり、それが現実化する」
「そもそも、願いとは何処から来るのでしょうか」
「それは自分の心の中からに決まっています」
「その通りですが、心の中の何処から来るのでしょうか」
「それは分かりませんが、自分の中から起こることはな違いないです」
「その願望とは、実はあなたの願望ではなく、宇宙の願望なのです」
「宇宙の願望ですか」
「そうです。この宇宙はすべての物事が整然とつながっていて、その瞬間に必要なことが起こるようになっています」
「それが私の願望とつながっているのでしょうか」
「そうです。宇宙がその時に必要なことをあなたを通して起こそうとします。それがあなたの願望の正体です」
「では、私の願望は誰かに操られているということでしょうか」
「宇宙の深いレベルでは操っている誰かも操られている誰かもいません」
「私に起こる願望が宇宙の願望であるなら、なおさらそれは実現化するのではないでしょうか」
「残念ながら、そうでもありません。宇宙には願望が叶わないという願望もあるのです」
「願望が叶わないとは。それでは、宇宙は不完全な気がします」
「宇宙は完全です。人生が思い通りにならないと感じている人にとっては不完全に思えるかもしれませんが」
「宇宙は私たちに願望を起こさせて、何をしたいのでしょうか」
「本当の自分を知りたいという願望に行き着かせたいのです」
「本当の自分を知りたいという願望は特別なのでしょうか」
「この願望は他の願望とは全く違います」
「それは何処が違うのでしょうか。同じ願望のひとつに思えますが」
「この願望は最終的な願望で、この願望が叶うとき、願望自体が終わりを告げます」
「それはもう願望が起こらないということでしょうか」
「いいえ、願望は起こり続けるでしょう。ただ、本当の自分を知ること以上の願望が存在しないのです」
「本当の自分を知ることが、この世界で一番のことだということでしょうか」
「そうです。それ以上のことはこの世界にないので、そこで最高の願望を叶えてしまったことになります」
「それで、どんな願望もそれ以下でしかないから、願望自体が意味のないものになる」
「そういうことです。願望が起こること自体は宇宙全体の動きなので、それを否定する必要はありませんが」
「私が本当の自分を知りたいと思うことは宇宙の願望なのでしょうか」
「そういうことです。それが真理であるため、自然な流れとしてあなたには本当の自分を知りたいという願望が起こります」
「それが叶えば、私は楽に生きることができるのでしょうか」
そこで男は黙った。
風が大樹の葉を揺らして鈴のような音が響いた。
私は目が覚めた。
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