名もなき師が教えてくれたこと(9)存在
気づくと私は大樹を見上げながら立っていた。
豊かな葉をつけた枝がいくつも空へと伸びている。
根本に目を移せば、そこにはあの男が座っていた。
私はその場に座ると、軽く頭を下げた。
男も微笑みながら、小さく頷いた。
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私は話を始めた。
「話を始めますが、良いでしょうか」
男は言った。
「いつでも、どうぞ始めてください」
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「自分とは存在だと言っていましたが、存在とは何でしょうか」
「存在とは、単純に存在することです」
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「それは私が存在するとか、世界が存在するとかと同じでしょうか」
「そういうことです」
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「あたり前のことのように聞こえますが」
「もちろん、それは当たり前のことです」
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「存在自体に神秘性や特別な奇跡などはないということでしょうか」
「そういったものはありません。あなたは存在のことを知っているようで良く分かっていません」
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「私は存在の何を知らないのでしょうか」
「存在とは目に見える何かではないということです」
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「それでは私が目にしている物たちは何なのでしょうか」
「その物の姿形に囚われないことです。そこにつかまると存在を誤解します」
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「そこに見えるものが存在ではないのでしょうか」
「見えるものは必ず変化していきます。姿形で存在を理解しようとしないことです」
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「私の見ているものは変化します。それは存在ではないということでしょうか」
「すべては存在で創られていますが、姿形が存在の本質ではないということです」
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「存在の本質とは何でしょうか」
「在るということです。石が在るというとき、あなたは石の姿形を知ろうとします。そうしてすぐに姿形に意識が向けられます」
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「確かに、私は石の姿形を知ろうとして、それで石の価値を判断するでしょう」
「そうです。ほとんどの場合、あなたは当たり前の存在を無視して、姿形に目を向けてしまいます」
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「存在は当たり前だから、情報として無視されるということですね」
「しかし、石の本質は存在だということです。姿形が石の本質ではありません」
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「なるほど、分かるような分からないような」
「そうしてあなたは最も重要な情報を無視して生きているということです」
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「存在という情報はそれほど重要なのでしょうか」
「存在はあなたの知りたいことのすべてを持っています」
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「私は存在なのでしょうか」
「あなたが自分は存在していると感じるのであれば、それは自分が存在でできている証になります」
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「それでも、自分が存在だとは思えません」
「それはあなたが真実を無視して、表面上の情報だけをつかもうとしているからです」
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「私は自分が存在だと確信することができるでしょうか」
「あなたが存在でできているため、自分は存在だと知ることはいつでも可能です」
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「どううれば、私は自分が存在だと知ることができるでしょうか」
「瞑想して自分が存在だと何度も確かめることです」
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「それは簡単ではないのですね」
「あなたが持っている固定概念が強いので簡単ではありませんが、それで存在が消えることはありません」
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「自分が存在だと知れば、どんな望みでも叶うのでしょうか」
そこで男は黙った。
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圧倒的な静けさが私たちを覆っているのを感じた。
私は目が覚めた。
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