かみむすび(51)雨の記憶
朝、雨の音に気づき目を閉じたまま聞き入る。
いつまでも雨粒が弾ける音が続いて、私はそれに安心を覚える。
それはきっと昔聞いた音に似ていて、そこから私の物語がはじまったから。
その記憶に手を触れようとすると、朝霧のように消えてしまう。
思い出せないもどかしさを抱えたまま、私は夢の境界をさまよう。
雨音はそんな記憶の残骸のように、私の闇の中で降り続けている。
私はずぶ濡れになりながら、一歩一歩探るように歩いている。
雨水が顔を伝って口の中に入り、私の身体を満たしていく。
水が私をいっぱいに満たした時、降り続けていた雨がやんだ。
私は水になって、その深海のような静寂に耳を澄ませた。
突然、私の中の水が身体の境界線を破ってあふれ出た。
私の境界線は粉々になって、水は踊るように闇の中に放たれた。
その水は闇から小さな光を目指して流れ落ちていった。
私は落ちながら細かく別れて、小さな水滴になった。
そのとき、私はこの物語の読み手なのだと気づいた。
私は雨や闇であり、それを知っている誰かだったのだ。
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