名もなき師が教えてくれたこと(3)幸福
私は夢の中で森を歩いていた。
何処にいくべきかは分かっていた。
森を抜けると、丘の上にあの大樹の姿が見えた。
私はあの男の元に向かった。
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男はすでに目覚めていた。
私を見て微笑んだ。
私も微笑みながら、男の前に座った。
白檀の心地いい香りがしたように感じた。
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私は男に話し始めた。
「昨日の続きを始めて良いでしょうか」
男は微笑んだまま答えた。
「どうぞ」
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「幸福についてですが、幸福になろうとすることは間違いなのでしょうか」
「間違いではありません」
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「幸福な人を見ると、自分も幸福になりたいと思ってしまいます」
「幸福になることは、幸福な気持ちになることではありません」
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「私は幸福な気持ちになるために生きているようなものです」
「それはいつも幸福ではないということですね」
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「そう言われるとそうかもしれません。幸福でないから幸福を求めている」
「幸福を求めることは終わりのない仕事ではないでしょうか」
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「確かに、人生をかけて幸福を求め続けています」
「それで幸福になることがなければ、何のために幸福になろうとするのでしょう」
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「言っていることは分かりますが、人生はそういうものではないでしょうか」
「本当に人生はそういうものなのでしょうか」
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「いったい幸福を求めることの何が問題なのでしょうか」
「どんな幸福を求めるかだけに心を奪われることが問題です」
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「他にどんな幸福の求め方があるのでしょうか」
「誰が幸福を求めているのかを知ることです」
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「それは自分に決まっています」
「その自分が誰なのか知らないところに幸福の問題点があります」
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「自分を知れば、幸福の問題はなくなるのでしょうか」
「その自分以上のものはこの世界にはありません」
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「それは最高の幸福ということでしょうか」
「それはあなたが期待している幸福に満たされた感覚ではありません」
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「それはどんな幸福なのでしょうか」
「何も不足しているものがないという事実を知っていることです」
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「何も不足していないと、どうして分かるのでしょうか」
「自分は世界のすべてだと知るからです」
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「自分を知ると、それが世界のすべてだと知るのでしょうか」
「そうです」
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「そうすれば、幸福を求めることは終わるのでしょうか」
「あなたは個人の幸福を求めるかもしれませんが、すでに自分は完全な幸福だと知っています」
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「それでは自分を知る前と変わらないのではないでしょうか」
「見た目は変わらないかもしれませんが、内面は大きく変化しています」
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「内面は幸福感で満たされているということでしょうか」
「幸福感で満たされているということではありません」
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「それでは自分が幸福なのかそうでないのか分かりません」
「その時には、幸福かどうかなどあまり問題ではなくなっています」
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「自分を知らなければ、何もわからないということですね」
男は黙って答えなかった。
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しばらくそこで沈黙が続いた。
そして、私は目が覚めた。
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