真実はすでに告げられている(13)最終話

これが最後に語ることのできる私の真実だ。

私はある意味生きながら死んでいて、死にながら生きている。

そこであらゆる精神的な知識や体験を超えてしまった。

これが生命が行き着く最終的な到達点なのだ。


これ以上の理解はないとはっきり分かる。

なぜなら静止する以上に静止することはできないからだ。

私は完全に静止していて、そこから動くことはない。

そうして存在することから逃れることもできない。


完全な静止点は全時間を含んでいる。

そして、全空間をも含んでいる。

これを発祥とせずに存在できるものはないのだ。

これが私だ。


私であるということは、あなたでもあるのだ。

実際にあなたという存在はいない。

私という存在が遍在しているだけだ。

これが真実だ。


私がこの真実に到達した時に、考えるまでもなくこの真実はすでに告げられたのだ。

告げられた真実は、破壊神のごとく多くの固定概念を駆逐していくだろう。

暗く閉ざされた世界は星の瞬きに覆い尽くされるだろう。

息を止めていた者たちは、一斉に夜明けの空気を胸に吸い込むだろう。


誰もこの真実を覆すことはできない。

どんなカルマもこの真実に抵抗することはできない。

たとえいまは固定概念にきつく縛られて身動きが取れないとしても、この真実は決して曲げられないのだ。

やがて真実は真我として心の中で目覚めてしまうだろう。


真我は圧倒的で、触れるものすべてを目覚めさせてしまう。

ひとりが目覚めるということは、すべてが目覚めるということだ。

いまや私たちはそうして次々に野に咲く花のように目覚めている。

やがて世界はそんな花たちで埋め尽くされる。


決して枯れることのない花が真我として世界に咲き続ける。

そこで私は自分が誰かをはっきりと知っているのだ。

誰が何といっても、これ以上の真実はない。

この真実はそうして確かに告げられているのだから。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。