成功者になるたったひとつの条件:瞑想哲学

成功とはこの地球から離脱することです。この地球から離脱するためには、絶対に変わらないものを見つける必要があります。でも、それを見つけられる人はほとんどいません。それを見つけたときのみ、私たちは成功者になれます。

私たちは人生で成功しようとしますが、なかなか上手くいきません。ほとんどの場合、私たちの試みは失敗するか、成功したとしても一時的です。私たちはいつも敗者としての烙印を背負って生きています。でも、敗者でいることは悪いことではありません。それはいつでも成功に向かっている挑戦者でいるということです。私たちは敗者としてうつむくことなく、挑戦者として、誇りを持って生きればいいのです。


ただ、いつまでも敗者でいるわけにはいきません。現実的に成功しなければ、私たちは成功と失敗に支配されたこの状況から抜け出すことができません。私たちは失敗の経験から成功するためにはどうしたらいいのかを考え、実際に成功する必要があります。ただ、すべての人が成功を望んでいるわけではありません。成功することに熱意を持てない人もいます。それは成功することに興味のない人です。そのような人はいつまでもこの状況にとどまることになります。じっとしていても現状は変わりません。どれだけ安全で裕福な暮らしをしているとしても、この人生で成功しなければ、敗者だという烙印が自分から消えることはないのです。


この地球には敗者しか来ません。私たちは生まれながらに敗者なのです。そして、ここで成功者になり、成功と失敗が支配する地球から抜け出すというミッションが与えられています。そのためには、まず私たちは何が成功なのかを知らなければなりません。私たちは、地球での成功とは財産を持つことであったり、社会的な地位を得ることであったり、特別な能力を身につけることであったり、たくさんの友人を持つことだと考えています。そのため、私たちはどうすれば財産を持つことができるか、どうすれば社会的な地位を得ることができるか、どのようにして特別な能力を手に入れるか、どのようにしてたくさんの友人を持つかを考えます。


それについての情報はたくさんあり、私たちはその情報を集めて、それを実践していきます。そして実際に財産を得て、高い社会的な地位に着き、特別な能力を得て、友人をたくさん持ちます。でも、どれだけ財産を得ても、社会的な地位が高くなっても、特別な能力を身につけても、たくさんの友人を持ったとしても、私たちは成功していません。そうした実績を持って地球を離れても、私たちは必ずこの地球に戻ってきてしまいます。この地球に戻ってきて、私たちはミッションに失敗したのだと気がつくのです。


ある日、私たちは成功についての定義が間違っているのではないかと気付きます。それは財産とか地位、能力、人間関係ではないということです。それでは何が成功なのでしょうか。それを知らなければ、私たちは永遠に失敗し続けます。私たちが失敗する理由は、成功とは何かを正しく知らなかったということです。いままでは自分が満足する成功の姿を作り上げて、それを実現するように努力してきました。その結果が明らかに失敗だったということは、いままでの満足することが成功の条件でないばかりか、まったくの見当違いなことだったということです。


確かに私たちの個人的な部分においては、財産や地位、能力、人間関係が成功すると満足します。満たされた幸福感と気分の高揚を感じるでしょう。でも、それはそれだけのことであり、成功ではないのです。私たちのそういった成功したという気分は長続きはしません。やがて、何かが足りないと思い始めます。財産は減っていき、地位は失われ、能力は無くなっていき、友人もいなくなっていきます。私たちが頂点を極めたとしても、そこに変化する要素があるなら、それは完全な成功とは呼べません。完全な成功とは、成功したら絶対に変化しないということです。絶対に変化しないものを見つけること、これが私たちにとっての成功なのです。私たちはそれをこの地球上で見つけなければなりません。


私たちは絶対に変化しないものを地球上で探し回ります。でも、それを発見することはできません。私たちはそれを見つけることは不可能だと感じます。なぜなら、私たちは時間とともに生きていて、それは世界のすべてのものもそうだということです。時間の経過はすべてのものに変化を与えます。時間があるところに、変化しないものを見つけることはできません。私たちはここで一度諦めるかもしれません。何度も地球で人生を送るもの案外いいものかもしれないと思ったりもします。でも、私たちは心の何処かで、絶対に変化しないものがあるはずだという確信を持っています。その確信は、私たちが諦めの気分になったとしても、完全に拭い去れるものではありません。


私たちはまだ探していないところがあることに気が付きます。それは自分の心の中です。私たちは世界中をくまなく探しましたが、自分の心の中だけは見落としていました。私たちは瞑想して自分の心の中を探してみます。そうすると心の中に考えやイメージが現れます。それらが無くなると静寂が訪れます。そこには何もありません。でも、何も無いと知っている誰かがいます。それが自分です。私たちはその自分を見ることができません。自分はひとりしかいないので、自分を見ることはできないのです。それは見ることはできませんが、いままでもずっと変わることなくそこにいました。この自分こそが、私たちが見つけるべき絶対に変わらないものだったのです。


その自分は無時間という領域にいます。世界には時間の流れがあり、そこですべては変化していきますが、自分という無時間の領域は時間がないため何の変化もしません。考えやイメージのように現れては消えていく儚いものでもありません。それはいつでもはっきりとそこにいます。それは失いたいと思っても失えるものではありません。誰もその自分であることを突然止めることはできません。でも、そんな自分がそこにいるのが当たり前過ぎて、私たちはそれをわざわざ探そうとしてきませんでした。そのため、自分をはっきりと認識したこともありません。その自分は私たちが心の中をあるがままに見たときのみ分かることです。


私たちがそうして自分自身を知ったなら、もう地球上に戻る必要はありません。私たちは残りの人生をひとりの人間として生きていきます。財産を増やそうとしたり、地位を得ようとしたり、能力を高めようとしたり、友達をたくさん作ろうとするかもしれません。でも、それは何かを見つけるためではありません。そうしたいからそうしているだけで、それらが増えても減っても何の問題もないと知っています。それらが変化しても失敗ではありません。もう、どんな失敗でも失敗にはならないのです。私たちはすでに最終的な答えを知っていて、人生に何が起こってもそれを失うこともなければ、変化させてしまうこともないと知っています。この状態になったとき、私たちは完全に成功したといえるのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。