自分を変える可能性:瞑想哲学

自分を変えることはできます。でも、その前に自分とは誰なのかを知ることが大切です。そこを間違えると、いつまでも自分を変えることができません。真実の自分を知ったとき、私たちは自分を変えるということの本当の意味を知ります。

私たちは今の自分に嫌気が差して、自分を変えたいと思うことがあります。できることなら自分のネガティブなところを吹き飛ばして、もっと自由で、明るくて、自信があり、突き抜けているような、そんな自分になりたいと思うのです。そのために、私たちは古い環境を捨てて、新しい環境に移動しようとします。それは場所かもしれないし、仕事かもしれません。友人や親子のような人間関係を見直すこともあるかもしれません。私たちは新しい環境に自分を置き換えることで、そこから新しい自分へと変わっていくための準備を整えます。


自分を変えるために環境を変えることはとても大切なことです。ほとんどの場合、私たちはそこにいては何も変わらないと思いつつも、何となくそこにいてしまいます。いつもと同じということは、安心させる何かがあります。そして、そこでいつまでも変わらない自分を見ては落胆します。でも、そこから変えていく勇気もありません。変わることで増えるリスクを背負う気概もありません。ですから、自分を変えようとすることは大きなチャレンジなのです。そして勇気を持って環境を変えるという一歩は、自分を変えていくための大きな一歩になります。それによって劇的に自分が変わるわけではありませんが、小さな一歩でも自分を変えることができるのだと分かることは大事です。


残念ながら、環境を変えただけでは自分は変わりません。それは環境が変わっただけです。環境を変えてからが、もっと大事になります。新しい環境で、どうやって自分を変えていけばいいでしょうか。私たちはそこで心機一転します。でも、いままでの自分はそこに残ったままです。私たちは新しい環境で、過去の束縛から解放され、自由に自分を表現できるようになります。仕事や勉強が楽しくなり、人間関係も穏やかになるかもしれません。そこで人から信頼され、成績も上がるなら、もう今までの自分とは違うと感じるでしょう。そしてついに私たちは自分を変えたのだと思います。


そうして環境を変えていくことで、私たちは新しい自分に出会っていきます。それは自分にとってよい状況を作り出し、そのまま一生続くかもしれません。そうなれば、私たちは死ぬ間際になって、本当に良い人生だったと、満足した気持ちになるでしょう。でも、私たちは本当に自分を変えたのでしょうか。それは自分が生きやすい環境を探して、それを見つけたということに過ぎないのではないでしょうか。私たちにとって、この人生を楽しく充実して生きることは大切なことですが、そこにいる自分はほとんど何も変わってないのです。私たちは環境を変えることと、そこで人生を充実して生きることには成功しますが、自分を変えることにおいては失敗しています。


私たちは環境の善し悪しによって、自分が変わるのだと思ってきました。振り返ってみれば、環境が変わっても、自分は何も変わっていませんでした。考え方や性格は変わったかもしれません。でも、それは自分を変えるというミッションからするとわずかな成功です。考え方や性格はその日の体調や感情の状態によって、大きく変化してしまいます。それを新しく生まれ変わった自分と位置づけることはできません。自分を変えることを突き詰めて考えていくと、何か大きな壁に突き当たります。私たちはその壁を超えることは不可能だと感じて、とにかく楽しく充実した人生を送れるならそれでいいというところで妥協します。結局、それは自分を変えることを諦めたということです。


自分を変えるためには、自分とは何かを知らなければなりません。私たちはいままで自分とは身体であり思考であると信じてきました。その身体と思考を満足させるように環境を変えることが自分を変えることでした。でも、身体や思考が本当に自分自身なのでしょうか。そこを間違っていれば、私たちはこの人生で自分の定義を間違えたまま、自分を変えようとして生きていることになります。実際に、私たちは身体でも思考でもありません。自分とは身体や思考ではなく、もっと本質的なものです。自分の本質的なことを知って、それが自分だと理解することが、本当に自分を変えるということになります。


自分とは心の奥にある知性のようなものです。その知性はまったく動きません。その知性が動くとき思考になり、そこから身体に行為が起こり、それを自覚して、自分が世界で何かを表現していると認識します。実際には私たちは動きのあるものに目が行ってしまうため、動きのない知性を認めることがありません。そのため、私たちはその知性を役に立たないものとして無視してきました。でも、それが私たちの本質なのです。たとえそれが役に立たないものだとしても、現実にそれが自分の本質であるなら、それを直接知って、自分自身にしなければなりません。そうでなければ、私たちは偽りの自分として生きていくことになります。偽りの自分のままでは、その考え方や行為を変えていっても、自分は何も変わらないのです。


私たちが瞑想をして、自分の本質である知性に気が付き、それを自分だと理解したなら、その瞬間に自分は変わります。私たちは真実の自分となります。そして次の瞬間に、自分の周りの環境でさえ自分であると気が付きます。考え方も行為も自分であり、自分でないものはどこにもないと知るでしょう。その自分は個人という存在を超えています。もはや人間とは言えない存在です。でも、それが私たち人間の本質なのです。大事なことは、それを自分で直接知ることです。これは言葉で理解できることではありません。それを自分で直接知ることでのみ、私たちは自分を変えることができたと言えるのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。