プラス思考の先へ:瞑想哲学

プラス思考の自分でいることはいいことだが、それを維持することはできない。なぜなら思考の本質が変化することだからだ。私たちは自分自身に焦点を当てることで、その変化を超えることができる。そのとき、思考の変化に関わらず、変わらない自分でいられる。

プラス思考でいることはいいことです。何でもプラスに捉えることができれば、人生を前向きに生きることができます。でも、私たちはいつもプラス思考でいることができません。時には落ち込むこともあるし、心配事で頭が一杯になることがあります。そんな時はなかなかプラス思考になれないものです。逆にプラス思考になろうとすればするほど、自分を偽る苦しみの中に落ちていく気がします。たとえ瞑想しても、それは改善しないかもしれません。静かにしていようとしても、苦しい思いのマイナス思考だけが頭の中を駆け巡ります。その苦しい思いに焦点を当て続ける限り、瞑想は心地良ものではありません。


そんな時、どうすればプラス思考に戻ることができるでしょうか。私たちは瞑想で自分自身に焦点を当てることができます。そのために必要なことは、ただ焦点を自分自身に変えることだけです。苦しい思いに当てている焦点は強力なので、そこから焦点を変えることは難しいように思えるかもしれません。でも、私たちはどんなに苦しい時でも天国をイメージすることができます。それと同様に焦点を自分自身に変えることは可能です。


焦点を自分自身に当てるとどうなるでしょうか。その自分自身は何の動きもありません。それはプラス思考でもマイナス思考でもありません。瞑想の中で、私たちがそんな動きのない自分自身に焦点を当てていると、それと同化していきます。そこは自分の思考がプラスでもマイナスでもないところなので、とても安定している状態です。無理やりマイナスをプラスに引き戻すということが起こるのではなく、思考が生まれる前の動きのない思考状態になっています。


そこに同化したとしても、プラス思考になるわけではありません。私たち自身はプラス思考でもマイナス思考でもありません。何になるかというと、それらの思考を生み出した共通の素材になります。プラス思考とマイナス思考はまったく違うもののようですが、それらの思考は共通の素材によって生み出されています。自分自身とはその素材なのです。その素材と同化すれば、私たちは思考がプラスになろうがマイナスになろうが問題ありません。たとえ頭の中に苦しみが充満していたとしても、私たちはずっと自然な状態で安定した素材として存在しています。


この時、私たちはプラス思考かマイナス思考かという判断の領域から外に出ています。両方の思考の中心にあって、常に静かであり続けます。私たちの本質がこの素材であると気づいて、それと同化したなら、私たちはあらゆる思考の状態を超越しています。いつでも、思考の状態にとらわれない自分自身でいることができます。


思考は変わり続けます。それが思考の本質だからです。それを変えることはできません。変えることができるのは、自分自身だけです。自分自身を思考状態に左右されないところに置くことで、私たちは思考の変化に影響される立場から離れることができます。そこにいれば、私たちは思考がプラスになろうがマイナスになろうが自分でいるだけです。自分自身を素材として、思考はプラスになったりマイナスになったりします。私たちはそんな思考を眺めています。それらは自分自身を素材としているので、どちらも自分自身です。


私たちはどんな思考も尊重して、それが変化するのを許しています。それができる立場にいます。どれだけマイナス思考で苦しもうと、私たちは苦しんでません。それは逃避や我慢ではなく、マイナス思考も苦しみも自分自身だと認めて受け入れています。私たちが素材であるなら、それらを避ける必要はなく、どんな思考でも受け入れることができます。私たちはプラス思考を維持しようとするのではなく、思考がマイナスに変化することさえも受け入れ、それでも自分はその変化に影響されないという状態を選択することができます。それはただ瞑想で焦点を自分自身に変えるというだけで起こり始めます。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。