自分を癒すために:瞑想哲学

私たちはストレスを受けるので、それを癒やす必要がある。癒しは私たちをストレスから解放してくれる。だが、それでストレスから完全に解放されるわけではない。ストレスから完全に解放されるには、癒しそのものになる必要がある。

私たちは日々の生活の中で何かしらのストレスを受けて窮屈になっていきます。その窮屈さが苦しいので、それを解放するために癒しを求めます。癒しは窮屈になった自分を解放して楽にしてくれます。そして私たちは再び明日からのストレスを受け入れるだけの余裕を手に入れます。ただ、ストレスはそういった私たちの余裕を気に掛けてはくれません。私たちは絶え間なく降り注ぐストレスに対処するため、より自分を癒やしてくれるものを探さなければなりません。


私たちは癒やされることを見つけては、それによってストレスを軽くしていきます。ストレスが少なくなれば、窮屈さが取り払われ、自然と生きることが楽しく感じられるようになります。ストレスは人生を辛く感じさせます。私たちはストレスがなければ、人生は楽しいものになるのだと知ります。ただ、まるでそうさせまいとするかのように、ストレスは日々私たちに降り注ぎます。これは私たちが生きている限り避けられないことです。そのため、私たちはいつも癒しを補給しなければなりません。


でも、ストレスが一概に悪いものというわけではありません。むしろストレスがあるからこそ、私たちは生きることに熱意を向けることができます。そして私たちはストレスを乗り越えることで成長していきます。ストレスにはそういった側面もありますが、残念ながらいつもそういうことが起こるわけではありません。基本的にストレスは私たちが人生を楽しいと感じることを阻む、煩わしいものであることに変わりはないのです。


人生を楽しく生きるために、私たちはストレスを軽減させる必要性があります。瞑想もストレスを軽減させる方法のひとつです。瞑想は他の癒しとは少し違ったメカニズムでストレスを軽減していきます。瞑想は私たちを原初の状態へと導いていきます。原初の状態とは、私たちが人間として生まれるずっと前の宇宙の始まりです。誰でも例外なく、この原初の状態から生まれたので、いまでも私たちの心の深い場所でその状態が存在しています。ただ、私たちはいつも身体の感覚や心の中の思考に気を取られて、自分の中にあるその原初の状態に気がつくことができなくなっています。瞑想は騒がしい身体の感覚や思考を鎮めていき、原初の状態がそこにあることを分かりやすくします。


私たちはそこに原初の状態を見つけて、それに触れます。それに触れると、私たちは原初の状態に同化します。それはまるで動きがなく、完全に静止しています。そこは完全に静止しているため何もありません。もちろんストレスもありません。私たちの身体や心にどれだけストレスがあったとしても、そこは絶対にストレスが及ばない場所なのです。私たちがそこに触れて、そこを感じていると、ストレスがない状態に同化します。瞑想から覚めたあともしばらくその状態が続きます。そのため、私たちが瞑想から身体や心に戻ったとき、ストレスは軽減された状態になっています。


すべてのストレスを軽減させる方法の欠点は、永遠にストレスを消し去ることはできないということです。私たちはストレスを解放するプロセスがある一方で、日々のストレスを溜め込むプロセスも受け入れなければなりません。どんな癒しでも一時的なことであり、そのため私たちはストレスから逃れることができないのです。ただ、瞑想で導かれる原初の状態は、ストレスを完全に解放させる可能性を持っています。原初の状態はストレスがないため、もし自分自身がそこに完全に同化したなら、二度とストレスを受け入れることなく、よってそれを解放する必要もなくなります。


原初の状態は元々自分の中にある自然な状態であり、それは自分自身だといえるところです。それと同化することに無理はありません。瞑想を続けて、その原初の状態に何度も触れて、それを完全に自分自身としたなら、私たちからストレスはなくなります。もちろん、私たちの身体や心はストレスを受けるでしょう。それを癒す必要はあるかもしれません。でも、原初の状態の私たち自身はストレスに影響されないので、それが有ろうが無かろうが何の問題もなくなります。つまりストレスがあってもいいということです。こうして私たちはストレスから完全に解放されます。身体や心のストレスを癒やすことは自由です。そうしたいなら、私たちはそうするでしょう。でも、それは自分のためではなく、身体や心のためです。もはや自分自身にストレスはなく、完全に癒やされた状態が続いています。


それは癒しとは言えないかもしれません。自分自身が癒しそのものになってしまえば、そうでないものになりようがないからです。それが当たり前の自然な状態の自分自身なのです。もし、自分が身体や心だと思っていれば、そこにはストレスがあり、元の状態に戻るため癒しを必要とするでしょう。一方で、自分が原初の状態だと知って、それと完全に同化するなら、そこにはただひとつの動きのない存在があるだけです。この状態において癒しは重要な存在ではなくなっています。いうなれば私たちは癒しそのものになって、それを癒しとわざわざいう必要のない存在になっています。これが自分自身にとって完全な癒しとなるものです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。