新しい成功者になる:瞑想哲学

古い成功者は世界の物事を得ることに価値を置いている。世界の物事は必ず失われていくため、成功は長続きしない。新しい成功者は自分自身の存在を得ることに価値を置いている。自分自身の存在を失うことはできないため、その成功が終わることはない。

人生で成功している人はたくさんいます。成功者は人から認められ、そして自分でも充実した人生を送っています。成功するとはどういうことでしょうか。いい会社に就職し、事業に成功し、画期的な発明をし、財産を手に入れ、仲の良い家族や友だちがいて、優雅で豊かな暮らしをすることでしょうか。成功者のイメージは人それぞれですが、共通していることは、そこに世界との関わり合いがあるということです。成功者は世界から多くのものを手に入れます。それは財産、仕事、知識、仲間、住居などです。そういったものをたくさん手に入れた人が優れた成功者だと思われています。


成功とはそれだけではないという人もるかもしれません。ですが、貧乏で、仕事もせず、知識もなく、仲間もいず、家にも住んでいない人を成功者と呼ぶことはありません。あるいは、成功には物質的なものだけでなく、優れた人格や理念のようなものも必要だと言うかもしれません。ただ、それすら結局は世界から物事を手に入れるための手段になっています。私たちにとって成功とは世界から多くのものを手に入れて豊かになることです。もちろん、それは悪いことではありません。私たちは豊かになりたいのです。私たちは何も心配せずに充実した生活を送りたいのです。そのために豊かになろうとすることは正しい選択です。


でも、世界には誰一人として成功者がいません。もしかすると、自分は成功者だという人がいるかもしれませんが、その人が未来永劫、成功し続けるという保証はありません。いままでのすべての成功者は成功という栄光から転落していきました。例外なく、成功者は失敗者になって人生を終えています。私たちが世界から多くのものを手に入れたとしても、自分がこの世を去る時に、それらのすべてを手放さなければなりません。もちろん、この世界に何かの結果を残すかもしれませんが、それは残された結果であって、当人がずっと持ち続けられるものではないのです。人がこの世を去るとき、例外なく、財産も仕事も知識もすべて手放していきます。それらを次の世界に持ち込むことはできません。私たちは生まれた時から築き上げてきたすべてを死と同時に手放して生まれる前の無に戻ります。


もし、世界から多くのものを手に入れることが成功であるなら、私たちは必ず訪れる死によってすべてを失い、そして失敗者になります。私たちは人生の途中でどれだけ成功しても、そうして最期の最期に必ず失敗者になります。そしてこの世界で成功者になるために、また生まれてくることを選択します。それはまるで、この世界で手に入れたものを再び取り戻そうとしているようです。


私たちは世界の物事で豊かに安心して生きていくことができます。でもそれは、とても小さなことです。私たちは世界からほんの僅かな物事を手にして、それを失うまいと頑張っています。僅かなものを失うことを恐れて、いつも不安でいっぱいです。私たちの豊かさというのは、同時に失うことへの恐怖をも抱えています。それを成功と言い切るには、あまりにも脆すぎる状態です。


本当の成功者は決して失うことのないものを持っています。それは死によっても失うことがありません。もし、死という厳しい関門でさえ問題なく失われないものがあるなら、それは世界のどんなものよりも価値が有るはずです。私たちが死んでも失うことがないものとは自分自身です。自分自身とは身体や心ではありません。それらの中核にある存在のことです。この自分自身だけは死んでも失うことがありません。自分が自分でいることとはあたりまえのことですが、現実には、私たちは自分自身を見失っています。


私たちは自分とは世界の物事で築き上げられているものと思っています。そうして作られた自分自身は必ず失われます。本当の自分自身は決して失われません。それは世界ではない他の場所にあります。本当の自分自身を得るためには、世界の物事を捨てていかなければなりません。これは今までの成功のプロセスとは正反対のことになります。成功するために世界の物事を手に入れようとしてきた私たちは、このプロセスに戸惑います。多くの場合、その方法に対して疑問を拭い去れなくなり、また目先の世界の物事に目を向けてしまいます。世界の物事を手に入れることのほうが、現実的で理解しやすいからです。でも、世界の物事は決して自分自身にはなりません。結局それは死ぬ時にすべて世界に返さなければならないのです。


私たちは死によってすべてを失い、その失った苦しさから再誕生してきます。そうして、もう何万回もそんな人生を送っています。そんな人生に行き詰まりを感じた人が、半信半疑でも、この新しいプロセスに挑戦していきます。瞑想して、世界から手にれた物事を手放していきます。この手放すとは、実際に手放すのではなく、それらは自分ではないと理解することです。そうして本当に自分だといえるものは何なのかを見極めていきます。自分でないものを見極めて、これだけは自分だというものを見つけていきます。すべてを手放しても手放すことができないもの、それが本当の自分自身です。それはどうやっても手放すことができません。この自分自身を見つけた人が真の成功者です。


もし私たちが世界の物事を手に入れるという誘惑に勝って、まったく反対のプロセスによってこの自分自身を見つけたなら、私たちは成功者になります。それはただの成功者ではなく、けっして失敗者にならない成功者です。私たちは死んだとしても、この成功を失うことはありません。そのため、またこの世界に生まれる必要もなく、何万回も続いていた輪廻転生を止めることができます。


世界のどんなものを手に入れるよりも価値あることが、この失われない自分自身を見つけることなのです。この自分になったとき、私たちが世界でどんなに失敗して損失を被っても、絶望したり、幸福だったり、悲しんだり、喜んだりしても自分自身を失うことはないので、成功者のままでいます。こうして私たちは古い成功者から新しい成功者になります。新しい成功者は、たとえ世界の物事を手に入れることがあっても、それに価値を持たず、どんなときでも自分自身でいることに最も価値を置いています。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。