未来は変えられる:瞑想哲学

未来を変えることは出来ない。世界の出来事はすでに決まっている。だが、私たちは未来を変えること以上の可能性を持っている。それは自分が未来の出来事に影響されない存在になるということだ。

私たちは未来を変えることができるでしょうか。もし、私たちが今の現状と予測される未来に対して満足していなければ、それをより良い状況に変えたいと思います。そして自分の努力で現状を変えることができれば、そのことに喜びと達成感を感じます。自分は未来の運命を変えることができたと実感します。


でも、実際には未来を変えることは出来ません。未来はすべて決まっているからです。私たちは自分で運命を切り開いていると思っています。実際には、運命を切り開くことさえ、すでに決まっている未来なのです。私たちが未来を変えようと決断することや実際に状況が変わることも、すでに決められています。


ただ、私たち自身がその決まっている未来を知ることは出来ません。この人生は一冊の本のようなものであり、私たちの人生はその本の物語の途中なのです。今までの出来事やこれからの出来事もすべて本に書いてあります。自分が思いついたことや自分で決定した行為でさえ、例外なくその本に書かれていて、その通りに起こっていきます。私たちはこの先、本に何が書いてあるか知りません。それは読み進めなければ、知ることができません。


何も知らないから、私たちはまだ自分の人生が未確定であるかのように生きていくしかありません。私たちは未来を知ることができませんが、だからこそ、自由に生きていくことができます。人生がすべて本に書かれているとしても、それで私たちは運命は決められているという閉塞感を感じる必要はありません。未来を変えていくという意識で生きていけば、それがその本に書かれていたことなのです。


私たちはもう一つの観点から未来を変えることが出来ます。それは本の内容についての未来ではなく、それとはまったく違う未来です。私たちは瞑想をすることで、その新しい未来への可能性を見出すことができます。新しい未来とは自分自身がその本の読み手になることです。いままで私たちはその本の中の主人公でした。主人公は本の中で人生の荒波に揉まれたり、喜びに浸ったりします。私たちは完全に主人公に感情移入して、それが自分自身だと疑いません。


でも、その本には主人公だけでなく読み手が存在しています。実は私たちの本体は主人公ではなく、その読み手なのです。私たちが読み手であることを知ったとき、その本には変えられない未来があることを知ってしまいます。読み手は書き換えられることのない一冊の本を手にしていて、その結末を知ることはできませんが、決まった結末が確かにあると分かります。そうでありながら、主人公のより良い結末を望みながら、読み手は物語を読み進めるでしょう。そして、その本の物語が終われば、主人公は消えてしまいます。でも、読み手がそこで消えることはありません。


私たちは本の内容を書き換えることは出来ません。でも、読み手としての観点で物語を読み進めることができます。私たちは本の中の物語から飛び出して、主人公から読み手になり、そうでありながらも主人公と一緒に物語を読み進めていきます。私たちは主人公でありながら、読み手であることを知っているので、どんな物語になっても楽しむことができます。


主人公は苦しんだり悩んだりするかもしれません。危機に際して、乗り切ったり、挫折したりするかもしれません。でも、読み手はそんな主人公と一緒に出来事を感じながらも、本の中にいるわけではなく、一冊の本を手にしている読み手でいます。私たちは本の中の明るい未来を夢見て生きる主人公ではなく、自分がその本の読み手であることを知っています。


読み手になれば、本の物語を受け入れることに何の問題があるでしょうか。それは主人公の人生の物語であり、読み手のそれではありません。私たちはその本の主人公ではなく、読み手になるということが、私たちにとって最も大きな変えることのできる未来なのです。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。