神の声 第4章:星空の伝承(10)

神とは誰なのだろうか。

人間は神を敬い、その言葉に耳を傾ける。

言葉がなくても、その存在に畏れを抱く。

感謝して祈りを捧げる。

私もそうしてきた。


だが、私を含めて誰も神を見たことがない。

人々が目にするのは神らしき何かであって、

神そのものではない。

それは想像上の神の姿であったり、

神の代理の言葉だったりする。

それでも人間は神を信じていて、

それを生きる拠所にさえしている。


ある意味、人間にそうさせる神は偉大だと思う。

私も神がこう言っていると誰かに言われたなら、

神の言葉なら確かなことだと信じてしまう。


自分の真実などは知りたくもないが、

神のことならもっと知りたいと思う。

神は何処にいて、何をしているのか。

不思議と興味を掻き立てられる。


私はかつて師に神について尋ねたことがある。

私が神とは誰なのでしょうかと聞くと、

師はそんなことは尋ねることではないと言う。

神は神であって、

それ以外の言葉で説明する必要はないのだと。

それ以外の言葉で語ろうとすると、

それは神ではなくなる。

言葉を重ねれば重ねるほど神から遠ざかっていく。

だから、神について尋ねることは控えることだ。


師はそう言って、

それ以上この質問に取り合うことはなかった。


それはそれで分からなくもない話だが、

そう聞くと、余計に私は神が誰なのか

知りたい気持ちを抑えることができなくなった。


私は、無視してきた心の闇を思い出した。

この自分の心の闇を照らして、

私の苦悩を取り払ってくれるのは、

おそらく神しかいないだろう。


いままでは自分で何とかしようとしてきた。

だが、それはことごとく失敗してきた。

もしかすると、神がこれを何とかしてくれるかもしれない。

私は神になら期待できるかもしれないと感じた。


その私の願いを叶えるためには、

神が誰なのかを知らなければならない。

私は神を知って、神にに近づくことで、

そこに救いが与えられる気がした。


神が誰かを知ることについて、

師を頼ることはできない。

私は自分で神を見つけるしかなかった。


神はどこに居るのだろうか。

寺院や教会、神聖な場所にいるという人もいれば、

心の中に居るという人もいる。

どこにでも神はいると言う人さえいる。

だが、神は見えないので確認しようがない。


私は目を閉じて心の中を探ってみた。

世界中で神を探してみたが、どうしても見つからない。

まだ探していない最後の場所が自分の心の中だ。

もしかすると、この一番身近な場所に

神はいるかもしれない。

誰も探さない場所に神はいるとも言われている。

私は心の中の探求に期待をかけた。


心の中を探ると、

思考や感情でざわつく場所がある。

そこを通り過ぎると、

突然、静かになった。

経験したことのない静けさが私を包んでいる。


そこは暗闇と静寂が支配している場所だ。

なぜか懐かしい感じがした。

ただ、それ以外にそこには何もなかった。

私はしばらくそこで神を探してみたが、

何も見つけることができず、諦めてそこから離れた。


この世に神などいないのかもしれない。

確かに世界や心の中には神聖さというものがある。

それはまるで神がそこにいるような気にさせる場所だ。

だが、それは雰囲気だけであって、

リアルに神がいると証明できる何かではない。


きっと人間はその雰囲気に影響されて、

神としか言いようのない存在がいると

なんとなく感じ取ってしまうのだ。

そして、その雰囲気から言葉を選んで、

神の言葉にしてしまう。


神はいない。

そう思ったとき、

私はなぜか解放された気持ちになった。


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。