神の声 第4章:星空の伝承(6)

私には寿命がある。

人間は生まれたなら必ず死んでしまう。

私はひとりの人間として、

死ぬことを何度も経験してきた。

そこで起こることは、毎回、概ね同じだ。


私は死んだあとに気を失う。

そして、気がつくと暗闇の中にいる。

そこは無限かと思えるほどの広大な空間だ。


果てしなく広がる無音の暗闇は

恐ろしい感じがする。

永遠にここにいなければならないのか、

突然、自分が消えてしまうのではないか、

そんな妄想が私の不安を募らせる。


そんな気持ちを抱えたまま漂っていると、

暗闇の中に小さな点のような光を見つける。

私はそこに暗闇以外のものを見つけて安心する。


私は迷うことなく、そこに向かっていく。

光は近づくに連れて満月のような大きさになる。

その傍には影のような誰かがいる。

姿は見えない。


そこで、その誰かに「おまえは誰だ」と聞かれる。

低く恐ろしげな声だ。

私は自分の名前を答える。

その誰かは黙っている。

私は名前だけでは駄目なのかと思い、

出身地とかどんな仕事をしていたかなどを答える。


それでも沈黙が続く。

しばらくして、その誰かに

「まだ、おまえはここを通ることができない」

「帰りなさい」と言われる。

そのとたん、私はまるで雨粒にでもなったように地上に落ちていく。

私は気を失い、気がつくと地上で人間の子供として誕生している。


暗闇で会ったあれが誰なのかは分からない。

「おまえは誰か」という質問に正しく答えられなければ、

何度でも人間として生まれ変わらなければならないようだ。

私はそうして何度も生まれ変わってきた。


だが、私はそうして何度も生まれ変わることに抵抗はなかった。

むしろ、私は繰り返し生まれ変わることを期待していた。

新しい人間として人生を始められることは救いでもある。


それで失敗した人生をやり直すことができるし、

新しいことに挑戦したり、

新しい場所に旅したりすることができる。

人間として不完全さをもたらしている何かを見つけることも、

何度でも取り組み続けることができるのだ。


ただ、私が新たに生まれた時には、

自分の前世の記憶のほとんどを忘れている。

私は、なぜここに生まれたのかを

簡単に思い出すことはできなかった。


自分は誰なのかという、

あの質問のことなどもすぐに忘れてしまう。

もし、覚えていたとしても、

なぜ、そんなことを尋ねられるのかも分からないから、

それに対する興味は自然に消えていってしまう。


それに答えられなくても、

ここで生きるのに何も困ることはないのだ。

そのため、私は生まれ変わっても、

あの質問のことは忘れて、

この人生でどんな自分になるかに夢中になった。


それが自分の不完全さを満たすことだと信じて疑わない。

それ以外に、私は人生で何ができるというのだろうか。


だが、私は新しい人生を生きているわけではない。

ほとんどの場合、同じ繰り返し人生を生きている。

幾度となく繰り返された前世の失敗の記憶は、

忘却の彼方に消え去り、

それで、私はまた同じ人生の失敗を積み重ねていく。


ほとんど前世の記憶がないため、

私には同じ失敗を積み重ねているという自覚もなかった。

時折、前にもこんなことがあったかもしれないと

古い記憶がデジャブのように蘇る瞬間もある。

ただ、なぜそう思い付くのかも分からない。


私は記憶を失ってしまうため、

いつまでも不完全な自分から脱することができず、

そうして同じ人生を無限にループしていた。


そもそも私は前世など

覚えていたくなかったのかもしれない。

きっと、記憶を消したのは私自身なのだ。

もし、前世の辛い記憶を覚えたまま生まれたなら、

生まれた瞬間に心が打ちのめされてしまう。

一度の人生においてでさえ、

忘れてしまいたいことが数限りなくあるのだ。


忘却は私にとって一種の救いでもあった。

自分を守るために必要な防御なのだ。

ただ、忘却はそうして私に新しい機会を

与えてくれることにはなるが、

同時に、自分の人生の方向を

見失って生まれることにもなる。

これが人生を難しくする一因にもなっていた。


人生では見当違いなことをして、

失敗し絶望することが多々ある。

おそらく、自覚はないが、

私は幾度となく同じ失敗を繰り返し続けている。

私は何度も同じ人生で同じことを苦悩しているのだ。


すべてを忘れているために、

いつも人生を初めからやり直して、

そこで時間をかけて学んでいかなければならない。


それでも、私は何かを求めて生きることは

素晴らしいことだと思う。

たとえそれが見当違いで、失敗したとしても、

人がひたむきに生きる姿は美しいものだ。


その素晴らしい人生があるから、

もう一度、人として生きてみたいと思い、

そう人間として生まれ変わることを

喜びと共に受け入れている。


だが、人生を生きる素晴らしさに囚われていると、

なぜ不完全な自分でいるのかの答えが見つからない。

どれだけ素晴らしい人生を送っても、

完全な自分になることはないのだ。


私が自分の不完全さを無視していても、

私の心の中の闇が消えることはない。


私は人生の美しさや醜さを眺めながら、

それでも、正しい道を生きていると信じていたが、

いつも何か大事なことを忘れていた。


その何かは「自分とは誰なのか」という

質問への答えだ。

だが、その質問自体が

忘却の中に埋もれてしまっている。


私は不完全な自分への答えを

見つけられないのではなく、

正しい質問を見つけられないでいたのだ。


私はどこかぼんやりと生きている気がした。

それでも、世界で生きていることは確かなこと。

ここは夢の世界ではない。


五感に触れるものは明確で、

冷たさも暖かさも現実的だ。

厳しさも清々しさもそこにはあって、

それが私というひとりの人間を取り巻いている。


だから、ぼんやりしていても、

私は自分が間違いなく生きている人間だと

思わないわけにはいかなかった。


時折、何か大事なことを思い出さなければと

気が付くことがあった。

私は目を閉じて、心の中にそれを探ろうとした。


そうすると、突然それを打ち消すように

攻撃的な思考が阻んできた。

私がそれに触れようとすると、

心の奥の暗闇から、

まるで触れてはいけないものへの警告のように、

恐ろしい形相の誰かがそこに立ちはだかって、

それを考えることは危険だと威嚇され、

追い返されるのだ。


私は人間として生まれて、

人生で何かを求めて時を過ごし、

何も見つからないまま、

この短い人生は何度も繰り返されていった。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。