青の記憶(29)希少な存在

「青、来たぞー」

 アンスロポスが部屋に入ってきた。


「はい、どうぞー」

 青はいつものようにアンスロポスを迎えた。


「青、本当の自分を知ることは」

「すべての人にとって必要なことなのか」

「もし、そんな大切なことなら」

「なんでそれを知っている人がこんなに少ないんだ」


「大切なことなら」

「もっとそれについて知っている人がいて」

「まだそれを知らない人を」

「導いてくれるんじゃないのか」


「やっぱり、本当の自分を知ることは」

「なんとも奇妙な感じがする」

「知っている人がいないということは」

「誰も見向きもしないということだ」


「だけど、オレは瞑想して」

「それを知ろうと頑張っている」

「みんなの中にいると」

「そんな自分がとても奇異な人間に思えてくる」

「きっと誰もそんなことに興味がないんだろうなと」

「ふとそう思うと、孤独を感じる」 

「それで良いのか。青」

 アンスロポスはじっと青を見た。


 星は何かを迷っているようで、自信がない雰囲気だ。


「そうですね」

「確かに本当の自分に興味がある人はあまりいません」

「それに本当の自分を知りたいという人も」

「自分のやりたいこととか」

「何に向いているかとか」

「大体がそんなところを探しています」


「それは本当の自分ではないのですが」

「本人は大真面目でそれが本当の自分だと」

「そう思っています」

「もちろんそれが間違った行動だと」

「そういうことではないですが」


「本当の自分を知りたい人は」

「思っているよりたくさいんいます」

「でも、本当の意味で」

「本当の自分を知ることができる人はごく僅かです」

「それは、アンスロポスさんが言うように」

「それが誰も見向きもしない」

「つまらなく思えることだからです」


「ただじっとしているだけで」

「何の役にも立たない」

「そんな本当の自分を知ることに」

「人生の大切な時間と労力を注ぐことなど無意味だと」

「そう考える人が多いんです」

「まあ、それが普通なのかもしれません」


「そして、その本当の自分を知ったとしても」

「その価値に気づける人も少ないんです」

「その価値がよく分からないので」

「それを思考方法とか感情とか行為などに」

「結びつけようとします」


「つまり、何事にも動じない不動の心を持つとか」

「静けさを心の中に持ってリセットさせるとか」

「まあ、そんな感じにです」


「そこで本当の自分はズレていきます」

「本当の自分は役に立つ何かになり」

「役に立たないと思われれば捨てられます」

「実際に役に立つものは他にも世界中にありますから」


「本当の自分を知って」

「それそのものとひとつになる人は」

「更に少なくなります」

「殆どいないと言ってもいいでしょう」


「なぜなら、ひとつになるためには」

「捨てなければならないものがあるからです」

「それを捨てられないがために」

「ひとつになることができません」

「それを捨てるくらいなら」

「本当の自分とひとつになる必要さえ無いと」

「そう思うかもしれません」

 青はそこまで言うと口を閉じて黙った。


「本当の自分を知ろうとする人間は」

「珍しいということだな」

「珍しいけど」

「それは人としての正しい方向なんだろう」

 アンスロポスは黙っている青に言葉を促した。


 しばらく黙った後で青は話し始めた。

「それは、とても珍しいことです」

「誰もが本当は本当の自分を求めているのに」

「自分が作った本当の自分の理想像と違うために」

「すごく回り道をしています」


「だけど、どれだけ回り道をしても」

「それは本当の自分につながっています」

「何が正しい方向かというよりも」

「要は時間の問題だけなんです」

 青は話し疲れたたように虚ろな目をした。


「それはどのくらいの時間がかかるんだ」

「オレは何十年も瞑想をして」

「それでもまだ本当の自分が分からずにいる」

「あと、どのくらい瞑想すれば」

「本当の自分を知ることができるんだ」

 アンスロポスは自分に少し苛立っているようだ。


「本当の自分を知るまでの時間は分かりません」

「すぐに分かる人もいるかもしれないし」

「何千年かかる人もいるでしょう」


「でも、時間はどれだけかけても良いんです」

「アンスロポスさんも」

「少しづつ本当の自分に向かっています」


「焦る必要はありません」

「焦って、中途半端な理解に落ちるより」

「納得するまで本当の自分を疑って」

「その疑いが完全に解消するまで」

「じっくりと時間をかければ良いんです」

「そこが最終目的地であることは」

「間違いないのですから」

「そのために私はずっとここにいます」

 青はそう言って微笑んだ。


「時間をかけていいと聞いて」

「オレは少し安心したよ」

「そうだな」

「本当の自分についての尻尾はつかんでいる」

「後はそれをしっかりと理解するだけだ」

「闇雲に世界を探すということは終わってる」


「それにオレは何を捨てられないかも知っている」

「オレという個人を捨てられないんだ」

「だからそこで止まっている」

「個人を捨てたなら」

「本当の自分を知っているオレがいなくなるからな」

「それがちょっと嫌なだけだ」

 アンスロポスはそう言って目を伏せた。


 星が少し光っているように見えた。


「誰でも本当の自分を持っています」

「ただ、それを知らないだけで」

「違うものを本当の自分にしようとしているだけなんです」

「だから、いつかそのことに気がついて」

「本当の自分を認める日が来るでしょう」


「本当の自分はどこにも行かずに」

「いつでもここにいて」

「気付かれるのを待っていますから」 

 青はそう言うとふっと肩の力を抜いた。


「そうだな」

「本当の自分を知って、それとひとつになる…か」

「その日のために、星に帰って瞑想するか」

「きっと、そうなったときに」

「分かることもあるんだろう」

 アンスロポスはそう言って立ち上がると星に帰っていった。


 星は青く光りながら回っていた。


 青はもう少しかなと呟いて、黙って星を眺めた。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。