青の記憶(27)静止と変化

「青、教えてくれー」

 アンスロポスはそう言って部屋に入ってきた。


「はい、どうぞどうぞ」

 青はアンスロポスを迎えた。


「青、心は変化するもんだろ」

「それがポジティブな方向に変化することは」

「良いことだよな」


「例えば、幸福感とか感謝とか」

「いつもそういう気持ちであれば」

「それが人としての成長というもんだ」


「きっと、本当の自分を知ったなら」

「そういう心の変化が起こるんだろうな」

 アンスロポスは優しい目で青を見た。


 星は踊るようにゆっくりと回っている。


「心の変化がポジティブな方向に向かうことは」

「それはそれで良いことです」


「誰でも幸福になりたいし」

「感謝の心だって」

「それが癒しになることもあります」

「それが悪いことだと言う人は」

「誰もいないでしょう」


「ただ、それが本当の自分なのかというと」

「そういうわけではありません」

「本当の自分は心の変化とは」

「全く違う所にいます」

 青はアンスロポスにそう言って、

 アンスロポスの反応をうかがった。


「本当の自分とは心の変化ではないのか」

「うーん、まあそれが心の変化でなくても」

「何かしら心の動く傾向に影響は与えるんだろうな」


「幸せな感覚とか滲み出る感謝の気持ちとか」

「こう、人間として高貴な感覚というか」

「そこに本当の自分がいるんじゃないのか」

 アンスロポスは青の言葉に何か引っかかるものを感じた。


「確かに幸福感も感謝の気持ちも」

「本当の自分から起こることです」


「でも、絶望感も憎しみも」

「本当の自分から起こります」

「本当の自分から両極端な心の変化が起こります」


「ただ、本当の自分は」

「幸福感も絶望感も生み出しますが」

「本当の自分自体が幸福や絶望に」

「変わるわけではありません」


「本当の自分は幸福や絶望の素材を提供しているだけで」

「本当の自分が心の変化に影響を受けることはないんです」


「だから、本当の自分が素材という領域を離れて」

「幸福感や感謝の心に変わることはありません」


「本当の自分を知るということによって」

「何かの影響が心にあるのかということについては」

「本当の自分は反対の絶望や憎しみも」

「生み出しているわけですから」

「それがポジティブな変化だけを起こすと」

「そう言い切れないところがあります」

 青は残念そうな目でアンスロポスを見た。


「うーむ、そうか」

「オレは本当の自分を知ったなら」

「多少はポジティブな心になるんじゃないかと」

「そう期待していたんだがな」

「そんな心になることが本当の自分を知ることなんだと」

 アンスロポスも残念そうな顔をした。


 星からも残念そうなため息が漏れた。


「本当の自分は絶対に動かないんです」

「動かないし、何の性質も持っていません」

「ただ存在しているだけです」


「それが本当の自分だと知ったところで」

「動かないし何の性質もないわけで」

「そこにはポジティブもネガティブもありません」


「ただ、そういう自分だからこそ」

「宇宙のすべての素材に成り得ます」


「何の性質もないから」

「それはどんな形にも」

「どんな動きにもなれるんです」


「動きはたくさんの速度や方向を無限に生み出しますよね」

「でも、静止する以上に静止することはできません」

「静止という絶対的な原点があって」

「はじめてそこに動きの変化を起こすことができます」


「その変化はポジティブだったり」

「ネガティブだったりするでしょう」

「でも、その変化には必ず静止点が含まれていて」

「どんな形の動きにも影響されずに存在しています」


「だから、どんなに素晴らしい変化であっても」

「それを追っている限り」

「本当の自分を理解することなどできないし」

「どんなに良いことであれ」

「幸福、感謝、成功など」

「それが動きであるなら」

「それを本当の自分だとすることもできないんです」


「同じように」

「どんな絶望や憎しみ、失敗も」

「本当の自分にすることはできません」


「アンスロポスさんは」

「本当の自分が幸福ではないことを」

「残念に思うかもしれませんが」

「一方でネガティブなことも自分ではない」

「そう知ることができるので」

「そこで救われるかもしれませんね」

 青は少し微笑んでアンスロポスの様子をうかがった。


「本当の自分は動きではないが」

「動きの素材になるというところが」

「話をややこしくしているな」


「素材の話は」

「この前の海の例え話で理解はしているが」

「どうしても本当の自分に過度の期待をしてしまう」


「何というか、幸せな自分を実現したいという」

「その思いが心の中から離れないというか」

「これはいったいどうしたらいいんだ、青」

 アンスロポスは困った顔で青を見た。


「それは人としての本能みたいなものですから」

「しょうがないところがあります」


「そういった本能と戦ってもキリがないわけで」

「それに自分の中のことですから勝者も敗者もない」

「闘うことで自分が消耗してしまうだけです」


「どちらにしても」

「個人の幸福を求めることは起こるんですから」

「それはそれとして認めていいんではないでしょうか」


「ただ、そう認めるためには」

「本当の自分というポジションを」

「失わないという条件がつきます」


「本当の自分という場所を失えば」

「それは幸福という変化する動きを追って生きる」

「本能だけになってしまい」

「ただの糸の切れた風船になります」


「そうなれば、何もコントロールできないし」

「真実を理解することから離れていきます」

「まあ、それもある意味、面白いですがね…」


「ええ、つまりそれは」

「もし、本当の自分をしっかり知っていれば」

「どんなに幸福を求めても問題ないということです」


「そこで成功しようが失敗しようが問題ではない」

「それは自分の幸福でも失敗でもないからです」


「どんなときでも」

「自分は幸福や絶望の中にある」

「本当の自分という静止した原点にいるだけです」


「このことを本当に理解するためには」

「瞑想して本当の自分とのつながりを深めることです」

「これ以外に自分などいないと確信するまで」

「本当の自分としていることです」


「それ以外に、フラフラする個人の心を」

「しっかりと真実につなぎとめておく方法はありません」

 青はそう言うと話し疲れたように息をひとつはいた。


「うーむ、なるほど」

「本当の自分からズレて」

「心の動きに気を取られると」

「どんどんおかしな方に行くんだな」


「オレも青の話を聞かなければ」

「危ないところだった…」


「まあ、結論は地道に瞑想しろってことだな」

「本当の自分にしっかりと足をつけて」


「そうすれば、どんな変化の中にも」

「本当の自分がいると分っている」

「それだけで良いということか」


「なんとも地味なことだが…」

「分かりたいような、分かりたくないような」

「微妙なことだな」

「本当の自分を知るということは」

 アンスロポスは困った顔で笑った。


「ええ、まあ、そんなもんです」

「でも、本当の自分と完全にひとつになったとき」

「静止すること、性質がないことの」

「その凄さが分かるかもしれません」


「何か期待させてもあれなので」

「このくらいにしておきますが」

「基本は地味なことですので」

 青も困った顔で笑った。


「うむ、あまり期待しないでおこう」

「さてと、星に帰って瞑想するか」

 アンスロポスはそう言って星に戻っていった。


 星はとても静かだった。


 青の心も静かになり、

 星の静けさとひとつになった。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。