青の記憶(26)矛盾の抱擁

「青、入るぞー」

 アンスロポスが青を訪ねてきた。


「はい、どうぞー」

 青はアンスロポスを迎え入れた。


「青、ひとつになるということは」

「どういうことなんだ」


「ひとつになることは良いことだと」

「そう言われているが」

「それは今、分離しているから」

「そう言っているんだよな」


「だがな、分離しているから」

「世界は落ち着いているんじゃないのか」

「それなのに、何が不満でひとつになろうとするのか」

「もし、そうなったら世界をかき乱してしまう気がするが」

 アンスロポスは困った顔で青を見た。


 星も何か判断がつかない、

 そんな落ち着きのなさを放っている。


「すべてとひとつになることですね」

「それはとても深い話です」


「もちろん、それはいま分離しているから」

「ひとつになろうという言葉があるわけです」


「だけど、アンスロポスさんが言うように」

「実際には誰もひとつになんかなりたくないんです」

「自分の個性が大事だし」

「ひとつになってみんな同じになったら」

「それはそれで恐ろしい状況だと思っています」


「だから、ひとつになろうと言っても」

「誰も自分の個性は捨てたくないわけで」

「それは人は分離から統合へと向かうべきという理想論を」

「暗に個性の特別化を願いつつ掲げた言葉に過ぎません」


「実はひとつになんかなりたくないという本音が」

「その言葉の裏に潜んでいます」

 青はアンスロポスの困った顔を見た。


「そうだよな」

「ひとつになんかなりたくないのに」

「ひとつになろうと言っている」

「それが不思議なところだ」

 アンスロポスは首を傾げた。


「でも、ひとつになることは」

「人の適切な進化の方向でもあります」


「無限に細分化されていいく方向から」

「ひとつの場所に戻っていく」

「それは生命体の最終的な進化として必要なことです」

 青はそう言って微笑んだ。


 星は驚き戸惑って、幾つもの囁きが広がった。


「そうなのか」

「やっぱり、ひとつになることは必要なのか」

「でも、掛け声ばかりで」

「誰もひとつになんかなってないぞ」

「それで良いのか」

 アンスロポスは少し驚きながらそう言った。


「ええ、確かにいまはそんな感じですね」

「進化というのは」

「そうスムーズに行くもんではありませんから」

「むしろ、試行錯誤を繰り返しながら」

「ドタバタと進んでいくようなところがあって」

「そうであっていいという事情もあります」

 青も困った顔をした。


「ふむ、そうなのか」

「何でスムーズに進化してはいけないんだ」

 アンスロポスが腑に落ちないと言うように尋ねた。


「まあ、それは自分でちゃんと納得しないと」

「本当の進化にならないからです」


「人の言葉や物語だけで進化できるほど」

「それは簡単ではありません」

「ひとつになることは簡単ではないんです」


「なぜなら、人は個人として分離していると」

「頑なに信じていますから」

「その思いが進化を難しくしています」


「人の個人性は言葉一つで」

「そう簡単に捨てられるほど」

「軽いものではありません」


「なにしろ、分離しているから世界は正常なんだと」

「心の底ではそう思っているわけで」

「もし、その思いを捨てたら」

「世界はひっくり返ることになるに違いない」

「実際にはそう思っています」


「そして、そうはさせたくない」

「だから、進化することを思いとどまっている」


「そこから動き出すためには」

「分離していることが正常ではなく」

「この世界をひっくり返してでも」

「ひとつという正しい姿にしなければならないという」

「個人の大胆な決断が必要になります」


「そのためには、自分の個性を捨てて」

「純粋な存在としてひとつであることを」

「理解しなければなりません」


「それは、いま自分の中にある」

「個人という信念とひとつになる進化との葛藤を」

「どう収めるかということにつながります」

「そのために知らなければならないことは…」

 青がそこまで言うとアンスロポスが言葉を遮った。


「それは本当の自分を知ること」

「というわけだな」


「ひとつになることは本当の自分を知ること」

「それがすべての人への進化への回答であり」

「実際にそれを知ることで」

「同じ場所から生まれてきたということを理解する」


「つまり、そこでひとつになるんだな」

「いや、はじめからそこでひとつだったと知る」

「そういうことか」

 アンスロポスは腕組をして青を見た。


「そうですね、さすがです」

「でも、それを知ったとしても」

「人は個性が自分だということを」

「取り戻そうとするでしょう」


「すべてはひとつだということを知っている個性」

「それは何とも魅惑的な言葉です」


「その言葉に釣られれば」

「それはひとつであることを知っている」

「特別な個性になり」

「それはつまり」

「ひとつであることから分離している」

「ということになります」

「ここがまた難しいところです」

 青は困った顔をした。


「それじゃ、ひとつだと知っただけでは」

「ダメだということだな」

「いったい、どこまで理解すればいいんだ」

 アンスロポスも困った顔をした。


 星が困惑するようにざわついた。


「大丈夫、これには終わりがあります」

「すべては分離しているのかひとつなのか」

「この問題に決着を着けるのは」

「本当の自分を確固たる自分にすることです」


「本当の自分という場所から離れなくなれば」

「分離しているのかひとつなのかという問題は」

「そこで消滅します」


「つまり分離していてもいいし」

「ひとつであってもいい」

「これが本当の自分からの回答です」

 青は分かりますかという顔でアンスロポスを見た。


「いや、正直分からんな」

「分離であってもひとつであってもいいなんて」

「まやかしじゃないのか」


「オレに言わせれば、ふざけた回答だ」

「まるで矛盾しているじゃないか」

「そんなこと子供にだって分かる」

 アンスロポスはムッとしながらそう言った。


「そうなんです、矛盾しているんです」

「この矛盾を矛盾ではないと知るためには」

「本当の自分というポイントを」

「しっかりと確立しなければなりません」


「これがズレていると」

「この矛盾を飲み込むことはできません」

「ふざけた非論理的な話だと」

「無視したり、排除したりします」


「進化というのは光になったり」

「平和的な気持ちになることではありません」

「この矛盾を飲み込めるかどうかなんです」

「簡単ではないと言ったのは」

「こういう理由があるからです」

 青はフウーとため息をついた。


「うむむ、そうなのか」

「何というか、オレたちの考えが」

「そのそも矛盾しているんだな」


「ひとつになろうとすると同時に」

「分離そのものをも望んでいる」

「これを解決するためには」

「本当の自分を知って」

「それを揺るぎないものにして」

「そこで矛盾を飲み込むしかないのか」

「そうなのか…」

 アンスロポスは腕を組んで目を閉じた。

 

 青は話し疲れて黙っている。

 部屋には静かな時が流れた。


 アンスロポスもしばらく黙っていたが、

 思いついたように立ち上がると、

 静かに部屋を出ていった。


 星は静まり返っていた。

 青はその静けさにそっと寄り添った。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。