ウロボロスの回廊 第9章(最終話)

 結果的にこれで良かったのか、それは分からない。確かなことは、生体へのインストールは成功したが、もうそこから後戻りはできないということだ。マシンは完全に停止してしまった。まるで役目を終えたかのように。

 僕が人間という生体を経験して分かったことは、生きていくだけで辛いことが多いということだ。木のトゲが身体に刺されば痛みを感じるし、広い森の中を歩き回れば疲れを感じる。生きるために食べ物を必要とし、毒があるものを食べれば病気になる。

 何よりも、その身体の重さが、マシンの中にいたときの感覚と全く違う。この重さに慣れるのに時間がかかった。今でも、ときどき違和感を感じる。

 これから、ハルさんも生体として生きる辛さを直に感じることになるだろう。記憶を失ったことは幸いだったかもしれない。もし、記憶があったなら、こんなはずじゃなかったと、きっと亜人間のときの想像と違ったと思い悩むことになっただろう。

 僕たちは、マシンの中の公園にいた方が幸せだったのか。あのまま、公園で過ごす選択もできたはずだ。いまでも時々、そう思い起こすことがある。

 この現実に這い出してきてしまった二人は、間違った選択をしたのか。過去の人間は、この現実に戻らないように、そこに行くなという声で僕に警告をしたのかもしれない。

 なぜ人間は絶滅したのか、それも分かる気がする。いつか人間はこの辛い現実を受け入れることができなくなる。そして、絶滅することを受け入れるのだ。その代わりに、マシンの中の亜人間として生きようとする。

 でも、それも長続きすることはなく、亜人間はゴーストによってマシンから追い出される。ゴーストが亜人間を拒絶するのだ。

 今となっては、ゴーストとは何だったのか、結局はっきりしたことは分からなかった。ただ、ゴーストはこの再生へのサイクルを動かすことと無関係でないことは確かだ。

 ゴーストのために亜人間は生体の人間を起動しなければならなくなって、それでハルさんは僕を公園から連れ出す必要があった。

 僕をマシンに閉じ込めたのは人間でだけど、そうさせたのは人間の中に潜むゴーストかも知れない。そして、亜人間を起動不能にしたのもゴースト。

 だけど、人間がマシンの最深部に僕を閉じ込めることで、あれだけ無敵なゴーストがあっけなく化石になって死んでしまう。

 ゴーストは強くなったり、弱くなったりして、まるで狙い通りに世界の物事が進むように仕向けているようだ。

 いや、それさえもゴーストが望んだことではなく、きっとゴーストや人間さえも遥かに超えた存在によって制御されているのかもしれない。

 その存在が何かなんてことは、僕には想像もつかない。ハルさんも、この全貌が見えていたのかどうか分からない。

 いずれにしても、現実として、ここから再び人間の歴史が始まっていく。ハルさんの言葉通り、この流れの中で「生きていくしかない」のだ。

 なぜ、僕とハルさんがここにいるのか。ここで何を始めようとしているのか。人間というこの鋭利な感覚の中で、何を見つければ良いのか。

 僕たちは人間として起動したけど、結局分からないことだらけだ。多分、それをひとつずつ確かめるために、この大きな潮流の中で、これから二人は生きていくことになる。


[終わり…]

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。