10:死神のお迎え


私は夜中にふと目が覚めた。 

ベッドの横に誰かがいる気配を感じる。 


薄目で確かめると、それは黒いマントを着た男だ。 

ただ静かにそこに立って、じっとあたりを見回している。  


男は大きなカマのような武器を担いでいる。 

刃の銀色が暗闇にチラチラと光る。  


男の顔はフードをかぶっていて見えなかったが、 

そこから注がれる視線をはっきりと感じる。 


いったいこの奇妙なヤツは誰なんだ。 

じっとしている緊張で身体がこわばってくる。  


この理解しがたい状況ではあったが、 

不思議とこの男から危険な感じは受けなかった。 


おそらくこの男は人間ではない。 

自然とそんな気もした。 


ただ、この男は敵なのか味方なのか、 

それが分からない。 


私はしばらく様子を伺っていた。 

だが、男はそこにいて動かない。 


私はずっとそうしてもいられないと、 

思い切って目を開けて男を見た。 


男は私が目覚めていることにすぐ気がついた。 

フードの奥の目が私をじっと見下ろす。 


私は緊張して浅くなっていた呼吸を整えると、 

男に向かって尋ねた。 


あの、あなたは誰で、 

何のためにそこにいるのですか。 


男は低い静かな声で私に応えた。 


うむ、オマエはオレが見えるのか。 

男は少し困惑したようだ。 


男は少し考えてから、こう言った。 

…オレは死神だ。 

オマエを邪悪な者から守るためにここにいる。  


死神さんですか…。 

私は状況が飲み込めなかった。  


オマエは夜明けと共に死ぬことになっている。 

それでオレが来たというわけだ。 


私が死ぬって…。 

どこも身体は悪くないし、どういうことなんだ。 


いろいろあると思うが、まあ寿命ってやつだ。 

死ぬのは仕方がないことだから諦めることだ。  


それよりも、いまから邪悪な連中がオマエの魂を狙いにくる。 


オマエが死ぬときに魂が身体から離れる。

その時を狙って、そいつらが魂を奪おうとするのだ。  


そいつらからオマエの魂を守るのが 

オレの役目というわけだ。 


死神は大きな鎌の柄で床をトンと叩いた。 

部屋の空気が一瞬ブンッと唸る。 


もう、オマエのことを嗅ぎつけて、 

ヤツラが近くに来ている。 


ああ、そうなんですね。 

正直、よく理解できませんが。  


言葉の駆け引き抜きで実際にだ、 

自分が死ぬ、邪悪な者、死神、どれも理解できない。  


時計に目をやると三時過ぎあたりだった。 

夜明けというと、あと一時間くらいだろうか。  


私はまだ状況が飲み込めず、 

頭の中で混乱した思考が渦を巻いている。  


ホントにこの世とおさらばするのか。 

まったく現実感がない。 


もし、そうだとするなら、 

いろいろとやり残したことがある。  


私は山奥の静かな温泉宿とか、 

南国の海とかを思い浮かべた。 


まあ、それはそれで仕方ないか。 

あっけない人生の幕切れだ。 


私は部屋の天井を見ながら、 

小さくため息をつき、 

そこで気が抜けていく感じがした。  


いつか死ぬだろうと思ってはいたが、 

まさか、それが今日だとは思わなかった。  


自分の人生を振り返ると、 

予測できない運命に 翻弄されてきたと思い出される。 


そして、いまは死んだら死んだで、 

自分の魂はあの死神さん頼みらしい。 


死神に目を向けると、 

黙ったまま、あたりを見回している。 


私が死ぬということに、何の同情もないようだ。 


私は私でもうすぐ死ぬというのに、 

最後に何をすればいいかさえ思いつかない。 


ただ黙ってベッドに横たわり、天井を見つめている。 


死ぬということに実感がなさすぎるせいだ。 

でも、死んだあとのことは気になる。 


ところで、死んだら魂はどこに行くんですか。 

ふと思いついて、死神に聞いてみた。 


それは死んだら分かる。 

そう死神は突き放すように言って黙った。  


そりゃそうだろうけど、 

生きているときとは 状況が違うだろうから気になる。 


まあ、生きているときも先のことなんか、 

何もわからなかったけど。 


ひとつだけ教えてやるか。 

そう言って、唐突に死神は話しを始めた。 


オマエは死ぬと死神になる。 

死神になって、 邪悪な者たちから 魂を救うためのトレーニングをする。  


そしてトレーニングを終えたら、 

実際に、ひとつだけ魂を救う使命が与えられる。 


その魂を救ったなら、 

オマエはまた人間として生まれる。 

それまでのすべての記憶を失ってな。 


死ぬと死神なるのか。 

死神になることが、どういうことか分からないけど、 

次に何かになれると分かることは、ちょっと安心する。 


これは想像の域を出ない話だが。 

そう言って死神は話を続ける。  


オレが死神になってオマエを守りに来たことは、 

多分、これが初めてではない。  


オレはオマエの魂が死神なるために、 

ちゃんと正しい場所に行き着くのを見届ける。 


魂がそこに着いたとき、オレは人間に生まれる。 

そして、オレが死ぬとき、 死神になったオマエが守りに来ることになる。  


これは、これから先のことだけではなく、 

どうも今までも、ずっとそうしてきたらしい。  


そうやって、守ったり守られたりを オレたちは何度も繰り返している。 

死神になったときに、 そのことが何となく分かる。  


人間に生まれたら、 記憶がなくなるから、 

何も分からなくなるがな。 


死神はそこまで言うと、 

顔を上げて周りの気配に注意を向けた。 


死神と私の関係はそうなっているのか。 

もちろん、鵜呑みにできる話ではないけど、 

死神に対して恐怖心が起こらないこといい、 

なんとなく合点がいくところもある。 


では、もし邪悪な者に 魂を取られたならどうなるのですか。 

あまり聞きたくないことだが、 私は死神に尋ねた。  


そのときには…。 

そうだな、邪悪な者の世界に閉じ込められて、 

そいつらの養分になるようだ。 


それは絶望という言葉では足りなくらいの 最悪の状況になるだろう。 

あいつらをなめてはいけない。 


だがな、 そう簡単にオマエの魂を奪われたりはしない。  

それに、仮にそうなってもだ、オレはオマエを救いに行く。 

そこが最悪の地獄の果てだとしてもな。 


決してオマエを見捨てることはしない。 

まあ、そんなことにはなりたくないから、 

なんとかここでオマエの魂を守る。 


私はちょっと死神が頼もしく思えた。 


どんなヤツラが襲ってくるかは分からないけど、 

少なくとも無防備でないこと、 

いや、自分を救いたいと思ってくれる

誰かがいるだけで心強さを感じた。  


死神さんの話がホントだとして、 

この守ったり守られたりの関係は いつまで続くんですかね。 


そう私が尋ねると、 

死神は少し沈黙をおいてから話を続けた。  


これも確かではないが、この繰り返しが終わるのは、 

多分、オレとオマエがひとつの魂になるときらしい。  


死神のオレにはさっぱり分からないが、 

人間のときにそのことを知ることができるようだ。 


オマエは人間の人生で、 

その辺のことで何か気づいたことはあるのか。  


死神は私にそう聞いてきたが、 

私は、それらしいことは何もとしか答えようがなかった。  


そのとき、死神がカマを持つ手をぐっと握り直して身構えた。 


オマエ、もうすぐ死ぬぞ。 

魂は守ってやるから、 ちゃんと死神になって戻ってきてくれよ。 


突然死神はそう言うと、 大きなカマを振りかぶった。 


部屋の中に、ブオンブオンと気持ちの悪い振動が起こり始める。 

そこら中から、刺すような視線を感じる。  


これはホントにかなりヤバイやつだ。 

目には見えなくても、この異様な空気でそれが分かる。 


死神の話は本当なんだと実感した。  

私はそこから逃げることもできず、 ただじっと横たわって、 

成り行きに任せるしかなかった。 


緊迫した重苦しい空気が部屋の中に充満して、 

私はそれに押しつぶされそうになる。 


得体の知れない者たちの荒々しい息づかいが イヤでも感じられる。  

そいつらが私に触れようとしてくる。 


そうして私に触れようとする者の気配を感じると、 

死神はカマを振ってそれを追い払う。 


邪悪な者たちが牙を向いて本気になってくるのが分かる。 

そして、邪魔な死神をも倒そうと襲いかかっていく。  


奴らの魂に対する強烈な欲望が痛いほど伝わってくる。 


つかまったら、奴らの養分になっちまう。 

すぐそこに絶望の淵があるような気になる。 


私の身体をたくさんの手のような何かがつかもうとする。  

それを払いのけようとするが、 そいつらの手が多すぎて、

引きづられていきそうになる。  


それを死神が気合とともにカマで振り払う。 

ずしりと重い手応えとともに、 

不気味な悲鳴と憎悪の声が部屋中に響き渡る。  


そいつらの攻撃はそれで止まることはなかった。 

むしろ、どんどん激しくなっていく。 


邪悪な者たちは想像以上の数で私と死神を取り囲み、 

休むことなく次々に襲いかかる。 


スキあらば、 ハイエナのように私をつかんで引っ張っていこうとする。 


死神はそいつらを相手に、 

手を止めることなくカマを振るい続ける。  


私はただ横たわっていることしかできないが、 

周りは邪悪な者たちのうめき声や死神の振るうカマが唸る音で 

まるで激しい戦場さながらだ。  


邪悪な者たちは死神のカマに切られても、 

諦めることなく何度も襲いかかり、 執拗な狂犬のように私の魂を狙う。 


それを死神は気合を込めて切り捨てていく。 

だが、何度切り捨てても、 やつらの攻撃が収まる気配はない。 


ちょっとでも死神が気を緩めれば、 もしかすると魂を奪われるかもしれない、 

そんな危険性を感じる状況が続く。  


私はその時が来たのを悟った。 

身体から魂が離れようとしているのを感じる。  


私は必死にカマを振り続けている死神を見た。 

邪悪な者たちの執拗な攻撃が一斉に激しさを増す。 


死神さん、離れますよっ。 


私が死神に向けてそう言うと、 

一瞬、視界が真っ暗になった。  


そして、視界が戻ったとき、 

その視線の先に小さな光が灯っているが見えた。 


そこに向かって、 私はスウーッと動いていく。 

私はあそこに向かえばいいと分かった。 


ふと振り返ると、暗い映画のシーンのように、 

死神とその周りにうごめく無数の邪悪な者たちの対峙している様子が遠くに見えた。 


私は無事にあの戦場から抜け出せたようだ。 

周りの空気はウソのように静まり返っている。  


死神は邪悪な者たちから、ちゃんとこの魂を守ってくれた。 


私はだんだんと小さく離れていく死神の姿を目で追い続けた。 

そして、光の中に入ろうとするとき、 私は心の中で叫んだ。 


死神さん、ありがとうございますっ。 

今度は私が、 立派な死神なって、 戻ってきますよ。 

死神さんも、 人間の人生、 頑張ってくださいっ。 


この声が届いたかどうかは分からない。 

ただ、遠くで死神が一瞬こちらを向いて、 ニヤッと笑った気がした。 

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。