23:意識の目覚めについて


 かつてスピリット・ウェイカーは私にこう語った。


 意識が目覚めるとはどういうことなのだろうか。それは何が現実かを自分自身で知ったときに起こる。それを知るまでは、意識は眠ったままだ。あなたが本当の現実を知ると、朝、目が覚めた時のように意識が目覚める。その意識の目覚めは寝起きのようなぼんやりとした体験ではない。それは誰も否定しようがない程、はっきりとしている。


 あなたにとって最も明らかなことは何だろうか。それは自分が存在しているということだ。この自分の存在は世界のどんなものよりもはっきりとしている。それは目を閉じていても分かることだ。だが、あなたは自分自身の存在を心の片隅にしまって、自分が体験しているおぼろげな世界の物事をはっきりさせようとしている。


 あなたは世界の物事から何かを手に入れて、それを自分自身にしようとする。あなたはその世界の物事が現実であることを確かめる。それが自分自身の現実に直結するからだ。そうして、あなたが何度も世界を現実として確かめていくと、あなたはますます自分の現実から離れていく。


 あなたは世界を現実のように感じられるかもしれないが、それを確かなものと断定することができない。世界の現実はどうしても対象としての二次的な域を出ないのだ。あなたはその世界を現実だと見なそうとするため、いつまでも現実を見失ったまま生きている。あなたがどう感じようとも、世界が不確実なことはずっと変わらない。


 そうであっても、あなたはその事実から目をそらして、何とかして世界を自分の現実にしようとする。世界を現実にして、そこで自分自身も現実にしたいのだ。だが、世界が不確実なら、それを自分自身にしようとしている自分も不確かでしかない。


 あなたは現実ではない世界を現実にしようと苦悶している。そのときのあなたの意識は現実を見ていないので眠ったままだ。あなたが唯一確かめられる現実は、世界の物事ではなく、自分自身がここに存在するということだ。


 世界に向けていた目を、心の片隅にいる自分自身に向けたとき、あなたはそこに存在している自分自身を知り、そこで現実に目覚める。自分がここに存在することは間違いのない現実だ。それは世界を現実にすることよりも、確実に知ることができる。


 自分がここに存在するという現実、これこそがあなたが確かめるべきことだ。この存在の現実を悟ったとき、あなたは存在が自分だけでなく、世界の存在と共通だと知る。そして、そこからあなたは世界が現実だと知るのだ。不確かだった世界は現実になる。それは自分自身の現実を知った後でなければ知ることができない。


 あなたが目覚めれば、世界も目覚める。目覚めたあなたの目は自分の中心に位置するところにある。そこからあなたは世界全体を見渡す。あなたが身体や心、世界の何処かという位置にいたのでは、世界の全体像を見渡すことはできない。この目覚めた中心があなたの新しい視点だ。この新しい視点に立つことがあなたの意識の目覚めなのだ。 

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけていきます。そこを自分の拠り所にするとき、新しい自分の人生が始まっていきます。