16:世界を見る者について


かつてスピリット・ウェイカーは私にこう語った。 


あなたは自分の考え方を探し求めている。どんな考え方で人生を生きればいいのかを知ろうとしている。もし、自分をより良くする考え方、自分に合う考え方を手に入れたなら、自分という存在が明確になり、あなたは自信を持って自分の人生を生きていけると思っている。


自分の人生に対する明確な考え方を持つことで、あなたは生きることを確かなものにしようとする。だが、考え方はひとつではない。この世界にはあなたの人生で処理しきれない程の膨大な数の考え方がある。


そのため、考え方を求めれば求めるほど頭の中に考え方があふれていき、逆に自分というものが薄れていく。あなたは記憶されたたくさんの考え方に支配されて、自分自身を見失ってしまう。


そうして自分を見失ったとき、あなたはもっと確かな考え方を求めようとする。今までの考え方を捨てて、さらに質の高い自分の考え方を見つけようとするのだ。だが、その結末は同じだ。結局、世界からたくさんの考え方を集めることになり、その中に自分はいないと知ることになる。


あなたの頭の中にははたくさんの考え方が折り重なっていて、そんな状況にある限り、あなたは確かな自分を見つけることができない。それでもあなたは確かな自分という存在を求めている。それだけが救いだ。


あなたは考え方を求める中でひとつの中心に気付くことができるかもしれない。それは何かの考え方ではない。それは考え方を見つめる者だ。それは考えることのない知性という存在だ。その知性はあなたのすぐそばにいて動くことなく静かにしている。だが、あなたがその知性に気が付くことは稀だ。なぜなら、それは考え方のように対象化されるものではないからだ。対象化されないため、あなたはそれを見つけることができないでいる。


目で目を見ることができないけれども、何かを見ることができるから目は存在しているように、その知性は考え方を知る者としてそこに存在している。その知性はたったひとつだ。無数にある考え方の中心にあって、そのすべてを見る者であり、同時にその考え方が発生する原点でもある。


その知性は誰にとっても同じであり、人によって異なるということはない。それは誰の心の中でも動くことなくその中心に在り続けている。これが確かな自分自身だ。これ以外に確かな自分自身は存在しない。あなたが自分という確かな存在を知りたいのなら、自分の考え方を世界から集める前に、この知性を見つけなければならない。


もし、この知性を見つけても、あなたの心の中には思考が起こり、何かの考え方を選択することになるだろう。だが、それは自然なことだ。自分がひとつの知性として存在していると知ることは、考え方を否定することではない。考え方はその知性から発生している。考え方を否定することは、自分を否定することになってしまう。


あなたが求める必要のあることは、この知性という自分の中心地だ。その中心地を知って、それを自分として受け入れるとき、あなたはすべての考え方を受け入れることができるようになる。排除しなければならないと思う考え方さえ、あなたはその存在を自分の中で受け入れるだろう。そうしたとしても、あなたが中心地であれば、あなたがあなたとして何の影響も受けることはない。


その中心地は自分の中心であると同時に世界の中心でもある。そこは個人という枠を超えている場所だ。個人の中心地に気づくことは、同時に世界の中心に気付くことになるのだ。あなたは知性と同化して、自分がこの色彩豊かな世界を中心から見る者だと知る。あなたと知性が心の中心でひとつになること、これが統合と呼ばれていることだ。この統合によって、あなたは一個人でありながら、同時に世界のすべてとして存在していることを知る。


あなたが自分自身の中心地に気づいて、考え方を自分として生きることを止めたとき、あなたは知性という存在として、すべてを受け入れて生きるようになる。すべてを受け入れるとは、否定的なことに対して諦めの気持ちで何もしないということではない。あなた個人は否定的なことに対して自然に抵抗するだろう。そういったすべての反応や対処も受け入れていくのだ。


あなたが知性であるなら、そんな変化する世界や考え方の中心にあって、どんな状況にも影響を受けることがない。それでいて、個人にとって良いことも悪いことも、すべての変化する状況や考え方は自分の中心地から起こり続ける。このことは思考で理解できるレベルを越えている。だが、あなたが自分の中心地に統合したとき、この状況を完全に理解できるようになる。自分の中で統合が起こらなければ、この込み入っていて矛盾した状況を受け入れることは難しいだろう。


あなたが考えに支配されることや考えを求めて世界をさまようことから解放されたいなら、心の中で確かな自分の中心地を見つける以外に方法はない。そうしてあなたが世界を見る者になったとき、すべてが同じ知性という中心地を持つ存在として、美しく輝きながら生きている姿を見ることになるだろう。 


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。