07:幻想と現実について

かつてスピリット・ウェイカーは私にこう語った。


あなたは現実の世界を生きている。だが、あなたが現実だと思っている世界は幻想だ。すべてはこの瞬間に過ぎ去っていく。過ぎ去ったものは二度と蘇ることがない。次の瞬間にはすべてが新しくなっている。


あなたが目にしているものは、それが脳に認識すされるまでの時間を考慮すれば過去の姿だ。その世界を目にしていると感じたときにはすでに失われている。


そうは言っても、あなたはこの世界に生きている実感がある。それが幻想だと言われても、現実に世界は存在していると感じるだろう。どちらを信じるかといえば、現実だと感じていることだ。それはあたりまえの選択だ。


世界が幻想だと言われて、それを信じる人はいない。たとえ信じたとしても、それでどうなるものでもない。ここにある世界が変わるわけでもなく、実感としてあなたには出来事や経験があるのだ。それを否定することはできないし、否定したとしても、それはただの逃避でしかない。


だが、確かに世界は過ぎ去ることで幻想になる。現実にあなたが目にしているものは過去の世界だ。そして、過ぎ去った世界は二度と取り戻すことができない。世界は現実のようでいて、捕まえようとすると逃げていく。


あなたにとっての現実とは何なのだろうか。この世界には絶対に幻想にならないものがある。それはあなた自身だ。あなた自身は決して幻想にならない。あなたの現実とは自分がここに存在するということだ。自分とは世界や身体、思考ではない。あなたの根源にある存在が現実なのだ。


その存在がこの身体や思考、世界を作っている。そして、あなたは瞑想によってその存在を認識することができる。それは世界を認識することとは違う。それは対象ではない主体を認識することだ。


そこがすべてを統一する場所であり、決して過ぎ去ることがない。それは過ぎ去ることがないので、いつでもこの瞬間の現実として、私たちはそれを認識することができる。


あなたが瞑想をする最終的な目的はこの存在を知ることだ。この存在を知ったとき、あなたは世界の現実をも知る。世界の見た目は過ぎ去っていくが、その世界を作っている存在だけは変わらないと知るのだ。


対象として認識できるものは幻想だ。だが、その幻想を創っている存在は現実だ。そして、そのすべての対象があなたの根源と共通だ。すべてにあなたと同じ現実が与えられている。つまり、すべての対象は自分自身なのだ。これが世界の幻想を超えて、その現実を知るということだ。

空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。