欲望を満たすエネルギーの必要性:瞑想哲学

欲望を満たすことはどこか後ろめたさがつきまといます。でも、私たちはこの欲望を消すことができません。それほど、欲望というエネルギーは強烈です。私たちは強烈過ぎる欲望を抑えようとしますが、抑えきれるものではありません。欲望というエネルギーは自分にとって大事な何かを手に入れるために燃え続けます。問題は欲望をいかにして抑えるかではありません。そのエネルギーをどこに向けるかなのです。 

私たちは欲望を満たしたいと思っています。自分の願ったことを実現させようとして、そのために自分のエネルギーを注ぎます。その結果、欲望が満たされると、私たちは満足します。欲望を満たすことで自分は満足しますが、私たちはそれによって他の人を傷つけたり、環境を破壊したりすることがあります。当然、その結果の連鎖は自分にも跳ね返ってきて、自分の欲望を満たそうとしたことが、逆に多くのものを失う結果につながることもあります。そういった経験をすると、私たちは欲望自体が間違いなのではないかと思うようになります。


私たちは自分や他の人が傷つかないようにするため、理性的に欲望を抑圧しようとします。それはある意味正しいことですが、欲望を満たすというエネルギーを抑圧するだけでは、根本的な問題の解決になりません。現実的に抑えようとしても私たちには欲望があり、それを満たしたいというエネルギーがあるのです。そこに欲望を満たすというエネルギーがあるということは、きっと何かの必要があってのことです。もし、人間に不必要なものであるなら、初めからそういったエネルギーはなかったはずです。 


 欲望を満たすというエネルギーはとても原始的で生命感があふれています。いままで私たち人間はそのエネルギーを生命の存続や繁栄のために使ってきました。ただ、ある程度その欲望が満たされると、私たちはこの原始的なエネルギーを持て余してしまいます。それを理性で抑圧しようとしますが、その原始的なエネルギーはとても強力なので、抑えきれるものではありません。私たちはこれ以上のエネルギーが不要だと思っても、さらに満たされるために欲望を燃え上がらせ、その追求にエネルギーを注いでしまいます。その結果、世界は欲望を満たそうとするエネルギーが渦巻き、まるで嵐のようになってしまいました。私たちはその嵐のような欲望のエネルギーに荒れ狂う世界を生きています。


根源的な欲望とは瞑想によって本当の自分自身を見つけるということです。本当の自分を見つけるということは簡単ではありません。それはいままでの欲望を満たしてきた対象とはまったく違っていて、それを見つけるためには簡単には諦めない強いエネルギーが必要です。それが私たちの欲望を満たそうとするエネルギーです。このエネルギーがなければ、私たちは自分を見つけるということを簡単に諦めてしまうでしょう。いままで、私たちは有り余る欲望へのエネルギーを危険なものとして抑圧してこようとしてきました。でも、いまそのエネルギーを本当の自分を見つけるということに向けて全力で解放することができます。このときのために欲望を満たすエネルギーは必要だったのです。欲望を満たすエネルギーをこの方向にむけて放つことで、エネルギーは十分に活用され、私たちは本当の自分を見つけ出すことが可能になります。


瞑想によって本当の自分自身を見つけたとき、私たちはそれ以上の欲望を満たすことはないと悟ります。本当の自分は完全無欠であり、そして消え去ることがありません。私たちは一時的ではなく、完全に満たされたままになるのです。ここで私たちの欲望は完結されます。欲望のエネルギーは次第に小さくなっていきます。私たちはあまりにも欲望というエネルギーを暴走させすぎたので、エネルギーが冷静さを取り戻して、もう終わったということが分かるまで時間がかかるかもしれません。でも、私たちは最後の欲望を満たしたので、混乱して強烈なエネルギーを辺り構わず撒き散らすことはなくなります。


私たちが瞑想の中で本当の自分自身と完全に統合したとき、世界が欲望のエネルギーで荒れ狂っているのを見ます。それを見ても、私たちはそれを正そうとはしません。それはとても美しい光景に見えます。それは拡散していた光が、次第に自分自身というひとつの方向に収束されていく優雅な動きのようです。そして、私たちはその収束された力強さがなければ、本当の自分を見つけることはできないと知っています。私たちに必要なことは欲望という制御不能に思えるほどのエネルギーを正しい方向に向けることです。そうすれば、強烈なエネルギーは適切に活用され、私たちは本当に必要なものを見つけることができるのです。 


空風瞑想

空風瞑想は忘れてしまった本当の自分を取り戻す瞑想法です。瞑想の中で、今まで気が付かなかった心の新しい扉を開き、静寂でありながらも存在に満ち溢れ、完全に目覚めている本当の自分をそこに見つけます。それを自分の拠り所にすることで、人はその真実と共に蘇り、新しい自分として生きることを始めていきます。